Ⅲ.応用分野例:防衛産業
1.パワーのパラメーターと防衛産業
国の防衛産業はその国のパワーバランスの産物でもあると同時にその重要なパラメーターでもある。この枠組において、国の防衛産業は基本的に変項の産物であると共に前記のパワーの等式の全ての要素が相互に影響する領域で生まれる。防衛産業の成り立ちは、変わらないものとして我々が扱ってきた国の歴史と対外政策の間のバランスに応じて決まる。カール大帝の神聖ローマ・ゲルマン帝国以来現在に至るまで、ヨーロッパの北から中央へと拡大していったドイツの中枢とその中枢の東ヨーロッパの草原地帯における後背地が必要とする陸地が優先的に防衛され、歴史的な遺産が防衛されてきたことは、影響がいかなる形をとるかを示す良い例である。同様にヨーロッパ大陸の政治と、グローバルな国際政治を、ユーラシア大陸を取り囲む海を支配することによって行う伝統を有するイギリスの国防が海洋を重視するのも、歴史的与件による戦略と防衛の重点化の所産である。
歴史は、パワーの等式における定数として、国防に直接的に影響する。この点で、オスマン帝国の継承国としてのトルコ共和国は、いまだに形を変えて帝国的性格を維持し続けようとするロシアとも、そのような遺産を守る義務があるルーマニヤとも、歴史にあまり拘束されないデンマークとも、大変大きく異なる防衛戦略を取る必要がある。
定数である地理も防衛体制や産業の発展に直接的に影響する。たとえば海に全く接しない内陸国オーストリアのような国には、海洋戦略を編み出すことも、その戦略に必要な海軍力を持つことも問題とはならない。ただ海に通ずるドナウ川でのどのようなことができるかを立案できるだけなのである。逆に数千の島からなるインドネシアは海軍を無視した陸軍重視の国防戦略では生き残ることができない。アフロユーラシア大陸と遠く海で隔てられたアメリカ大陸から世界中にヘゲモニーを行使しなければならないため、アメリカは陸海空軍を統合的に使用する特殊な戦略に対応できる独特な戦略を有することになった。機動力と兵站補給能力を有する海軍と航空母艦保有の優位は、アメリカがこの独自の地理から必要としたものなのである。
人口は短期間には変わらない定数であり、また国防体制と産業構造に影響する要素の一つでもある。そのことは防衛産業の生産段階と、生産された武器使用の領域の双方において見いだされる。人口7千万のトルコの国防と、2百万人のアルメニアの国防では、必要とされるものは同じではない。防衛産業戦略は、経済開発戦略全体と調和する最適な比率でこの人口という要素(人材)を配分することによってこそ成果をあげられる。
この定数の多方面にわたる影響にもかかわらず、防衛産業のあり方を直接的に決める主たる要因は、経済的、技術的、軍事的能力のような変数である。国家の歴史、地理、人口のパワーがどれだけの規模の防衛産業を必要とするとしても、それを実現する変数は、その経済の発展レベルとテクノロジーの力なのである。経済発展戦略と国防が必要とするものとを調和、統合することができない防衛産業が、経済全般の均衡と無関係に重要な発展を成し遂げることは不可能である。こうした国々はせいぜい武器の密輸ができる規模での武器の生産と輸送をする程度の国家になることができるだけである。
重要なのは経済発展なのか、安全保障のパラメーターなのか、との議論が割れている国がその双方で一貫して目に見えた成果をあげることは大変難しい。この件で最も不経済な行動を取るのは、安全保障のパラメーターが必要とする費用を優先し、経済発展を二の次にしておきながら、その安全保障のために必要な兵器と防衛体制を全面的に輸入に頼る国々である。このような国々は、一方で、乏しい資源を経済的には利益をもたらさない兵器の購入に振り向けながら、他方で、自前の防衛産業の経済部門(育成)を疎かにしたせいで、一般的には対外債務のバランスと兵器生産の依存のような国家の経済的、軍事的脅威結果の形で見ている。逆にこの件で最も生産性が高いのはは、防衛セクターを経済の独自分野として位置づけ、そのセクターが防衛の需要に対応し、また生産した兵器、防衛体制が経済を牽引するように計画を立案する国家である。第三世界の国家はこの分類では第一の範疇に入り、先進国は第二の範疇に入り、それによって新植民地主義体制の(存続)を保証している。
防衛産業で経済力、経済の発展水準と並んで二番目に重要な要素は技術力である。軍事的要請と経済発展、技術のイノベーションの間には、想像以上に近い関係がある。経済発展とパラレルな技術のイノベーションが軍事戦略は重要な規模で影響するが、逆の過程も同様である。多くの重要な技術的発見、イノベーションは、最初はまず軍事的要請によってなされ、この意味で防衛産業は技術的発展の機動力をなしている。アメリカの国防において使用された多くの新技術は、後に民生に転用されたが、第一次世界大戦は技術的観点からはるかに大きな重要な変化があったことが忘れられてはならない。同様に、特に飛行機産業において第二次世界大戦の継続を可能にした技術の進歩は、後に重要な技術として民生に転用されたことも事実である。
技術の裏付けなく単なる安全保障上の一時の危機的状況に強いられて国家が防衛産業に参入したとしても、短期的には生産の限界を克服できたとしても、長期的には技術の拘束性を逃れることはできない。
国家の防衛戦略とそれに適した産業構造は、その定項が要請する最適水準と経済的、技術的、軍事的能力の間の最適のバランスの実現の下で決定されるのであるが、そのバランスの調和をその時々において適切にもたらすためには、それを動かす要因としての政治的意思と、戦略的計画立案が必要である。したがって、このきわめて多面的な与件の間の関係を可能にする主たる要因は、戦略的な計画の存在と、その計画を発展させたり実行に移す政治意志なのである。
そのような政治意志も戦略的な計画もない行動は、人間は短期的には見かけ上の成功を収めることがあっても、長期的には国家の全体的な均衡を方向づける機動力になることない。長期的な計画の中で行為する国は、後に残る成果を積み重ねていくが、短期的な危機的状況に場当たり的に反応する国は、継続性がある戦略から逸れる定めにある。この戦略から逸脱することは、長期的には、防衛体制を腐食し、同時に対外依存をもたらす。防衛体制がこのような状態で、外国に依存する国家は、独立国家としてのぶれ、のない政治意志を有することはできない。
長期的かつ継続性がある要素に基づいたアメリカ、ドイツ、ロシアは、その防衛産業の構造を、定項と変項といかなる規模ででも正確に適応させられることは明白である。アメリカが大陸を超えた戦略において依拠する原則は、いまだに海洋地勢学者マハンが20世紀の初めに定式化した基本法則に基づいている。この戦略的連続性と確固たる政治的権威こそが、アメリカをして、勢力均衡における定項と変項を有利に利用して世界覇権国(ヘゲモニック・グローバル・パワー)にさせた根本的な理由なのである。その逆に、仲間内での見栄の張り合いから巨額の武器を購入している富裕な中東産油国は、戦略的計画性も確固たる政治意志もない国防政策によって、武器の代わりに石油収入を言いなりに差し出す相手方の金庫のようなものになっているのである。
1.パワーのパラメーターと防衛産業
国の防衛産業はその国のパワーバランスの産物でもあると同時にその重要なパラメーターでもある。この枠組において、国の防衛産業は基本的に変項の産物であると共に前記のパワーの等式の全ての要素が相互に影響する領域で生まれる。防衛産業の成り立ちは、変わらないものとして我々が扱ってきた国の歴史と対外政策の間のバランスに応じて決まる。カール大帝の神聖ローマ・ゲルマン帝国以来現在に至るまで、ヨーロッパの北から中央へと拡大していったドイツの中枢とその中枢の東ヨーロッパの草原地帯における後背地が必要とする陸地が優先的に防衛され、歴史的な遺産が防衛されてきたことは、影響がいかなる形をとるかを示す良い例である。同様にヨーロッパ大陸の政治と、グローバルな国際政治を、ユーラシア大陸を取り囲む海を支配することによって行う伝統を有するイギリスの国防が海洋を重視するのも、歴史的与件による戦略と防衛の重点化の所産である。
歴史は、パワーの等式における定数として、国防に直接的に影響する。この点で、オスマン帝国の継承国としてのトルコ共和国は、いまだに形を変えて帝国的性格を維持し続けようとするロシアとも、そのような遺産を守る義務があるルーマニヤとも、歴史にあまり拘束されないデンマークとも、大変大きく異なる防衛戦略を取る必要がある。
定数である地理も防衛体制や産業の発展に直接的に影響する。たとえば海に全く接しない内陸国オーストリアのような国には、海洋戦略を編み出すことも、その戦略に必要な海軍力を持つことも問題とはならない。ただ海に通ずるドナウ川でのどのようなことができるかを立案できるだけなのである。逆に数千の島からなるインドネシアは海軍を無視した陸軍重視の国防戦略では生き残ることができない。アフロユーラシア大陸と遠く海で隔てられたアメリカ大陸から世界中にヘゲモニーを行使しなければならないため、アメリカは陸海空軍を統合的に使用する特殊な戦略に対応できる独特な戦略を有することになった。機動力と兵站補給能力を有する海軍と航空母艦保有の優位は、アメリカがこの独自の地理から必要としたものなのである。
人口は短期間には変わらない定数であり、また国防体制と産業構造に影響する要素の一つでもある。そのことは防衛産業の生産段階と、生産された武器使用の領域の双方において見いだされる。人口7千万のトルコの国防と、2百万人のアルメニアの国防では、必要とされるものは同じではない。防衛産業戦略は、経済開発戦略全体と調和する最適な比率でこの人口という要素(人材)を配分することによってこそ成果をあげられる。
この定数の多方面にわたる影響にもかかわらず、防衛産業のあり方を直接的に決める主たる要因は、経済的、技術的、軍事的能力のような変数である。国家の歴史、地理、人口のパワーがどれだけの規模の防衛産業を必要とするとしても、それを実現する変数は、その経済の発展レベルとテクノロジーの力なのである。経済発展戦略と国防が必要とするものとを調和、統合することができない防衛産業が、経済全般の均衡と無関係に重要な発展を成し遂げることは不可能である。こうした国々はせいぜい武器の密輸ができる規模での武器の生産と輸送をする程度の国家になることができるだけである。
重要なのは経済発展なのか、安全保障のパラメーターなのか、との議論が割れている国がその双方で一貫して目に見えた成果をあげることは大変難しい。この件で最も不経済な行動を取るのは、安全保障のパラメーターが必要とする費用を優先し、経済発展を二の次にしておきながら、その安全保障のために必要な兵器と防衛体制を全面的に輸入に頼る国々である。このような国々は、一方で、乏しい資源を経済的には利益をもたらさない兵器の購入に振り向けながら、他方で、自前の防衛産業の経済部門(育成)を疎かにしたせいで、一般的には対外債務のバランスと兵器生産の依存のような国家の経済的、軍事的脅威結果の形で見ている。逆にこの件で最も生産性が高いのはは、防衛セクターを経済の独自分野として位置づけ、そのセクターが防衛の需要に対応し、また生産した兵器、防衛体制が経済を牽引するように計画を立案する国家である。第三世界の国家はこの分類では第一の範疇に入り、先進国は第二の範疇に入り、それによって新植民地主義体制の(存続)を保証している。
防衛産業で経済力、経済の発展水準と並んで二番目に重要な要素は技術力である。軍事的要請と経済発展、技術のイノベーションの間には、想像以上に近い関係がある。経済発展とパラレルな技術のイノベーションが軍事戦略は重要な規模で影響するが、逆の過程も同様である。多くの重要な技術的発見、イノベーションは、最初はまず軍事的要請によってなされ、この意味で防衛産業は技術的発展の機動力をなしている。アメリカの国防において使用された多くの新技術は、後に民生に転用されたが、第一次世界大戦は技術的観点からはるかに大きな重要な変化があったことが忘れられてはならない。同様に、特に飛行機産業において第二次世界大戦の継続を可能にした技術の進歩は、後に重要な技術として民生に転用されたことも事実である。
技術の裏付けなく単なる安全保障上の一時の危機的状況に強いられて国家が防衛産業に参入したとしても、短期的には生産の限界を克服できたとしても、長期的には技術の拘束性を逃れることはできない。
国家の防衛戦略とそれに適した産業構造は、その定項が要請する最適水準と経済的、技術的、軍事的能力の間の最適のバランスの実現の下で決定されるのであるが、そのバランスの調和をその時々において適切にもたらすためには、それを動かす要因としての政治的意思と、戦略的計画立案が必要である。したがって、このきわめて多面的な与件の間の関係を可能にする主たる要因は、戦略的な計画の存在と、その計画を発展させたり実行に移す政治意志なのである。
そのような政治意志も戦略的な計画もない行動は、人間は短期的には見かけ上の成功を収めることがあっても、長期的には国家の全体的な均衡を方向づける機動力になることない。長期的な計画の中で行為する国は、後に残る成果を積み重ねていくが、短期的な危機的状況に場当たり的に反応する国は、継続性がある戦略から逸れる定めにある。この戦略から逸脱することは、長期的には、防衛体制を腐食し、同時に対外依存をもたらす。防衛体制がこのような状態で、外国に依存する国家は、独立国家としてのぶれ、のない政治意志を有することはできない。
長期的かつ継続性がある要素に基づいたアメリカ、ドイツ、ロシアは、その防衛産業の構造を、定項と変項といかなる規模ででも正確に適応させられることは明白である。アメリカが大陸を超えた戦略において依拠する原則は、いまだに海洋地勢学者マハンが20世紀の初めに定式化した基本法則に基づいている。この戦略的連続性と確固たる政治的権威こそが、アメリカをして、勢力均衡における定項と変項を有利に利用して世界覇権国(ヘゲモニック・グローバル・パワー)にさせた根本的な理由なのである。その逆に、仲間内での見栄の張り合いから巨額の武器を購入している富裕な中東産油国は、戦略的計画性も確固たる政治意志もない国防政策によって、武器の代わりに石油収入を言いなりに差し出す相手方の金庫のようなものになっているのである。