2020年4月3日金曜日

ガザ―リー著『宗教諸学の再生要約』邦訳(知識の書・知の徳)

本書ガザ―リー著『宗教諸学の再生要約』はオスマン帝国最大の文人キャーティブ・チェレビー(Khājī Khalīfah、1657年没)の書誌学の主著『疑念の払拭(Kashf Ẓunūn)』にも「イスラームの書籍が全て消えて『宗教諸学の再生』が残れば、同書だけで失われたものを補って十分である。」 とまで言われたスンナ派イスラーム学の最も標準的な古典「神学大全」アブー・ハーミド・ムハンマド・ガザ―リー(1111年)の主著『宗教諸学の再生』の要約である。
 本訳で底本としたMu’assasah al-Kutub al-Thaqāfīyah(1990年初版)はこの要約をアブー・ハーミド・ガザ―リー自身の作としているが、al-Hay’ah al-Miṣrīyah al-‘Āmmah li-al-Kitāb(2008年版, ‘Āmir al-Najjār, ed.)では、同書を『疑念の払拭(Kashf Ẓunūn)』(24頁)がアブー・ハーミド・ガザ―リーの実弟でニザーミーヤ学院で彼の教授職の後任でもありスーフィーとしても高名であったアフマド・ガザ―リー(1126年没)が『再生の神髄(Lubāb al-Ihyā’)』と命名した要約と同定している。
ちなみに、『宗教諸学の再生』自体の第1章第1節「知の徳」節を全訳すると以下の通りである。

「知の徳」
 そのクルアーンの典拠は以下のアッラーの御言葉である。「アッラーは彼の他に神はないと証言され天使たちと正義を行う知の持ち主も・・・」アッラーがいかに御自身から始め、天使を次に、知識の持ち主を第三位に置いたことを見よ。それが光栄、優越、名誉であることは言うまでもない。アッラーは仰せである。「アッラーはお前たちの中で信仰する者たち、知を授かった者たちの位階を高め給う。」イブン・アッバースは言った。「学者は信仰者より700階梯上にいる。それぞれ階梯は500年の工程がある。アッラーは仰せになる。「・・・知ってる者たちと知らない者たちが同じであろうか・・・」(39章9節)「彼のしもべたちの中の学者だけがアッラーを恐れる」(35章28節)「言え。私とあなた方の間には、アッラーだけで証人として十分。彼の御許から啓典の知。」(13章43節)「・・・私がそれをあなたに持ってきます。・・・」(27章39節)知の力によって(イフリートにはそれが)できることを示して。「知識を与えられた者たちは言った。「お前たちに災い有れ。信仰し善を行った者へのアッラーの報奨はより良い。・・・」(28章80節)来世の偉大さは知によって理解されることを明らかにされている。「これらのたとえはアッラーが人々に示したが、学者しかそれを理解しない。」(29章43節)それを使徒、または彼らのうち権威を持った者に戻せば、それを捜し当てる者たちはそれを彼らから知ったであろう。」(4章83節)
もろもろの事件におけるその判断を彼らの推論に帰し、アッラーの裁定の発見において彼らの位階を預言者の位階に付随させられた。
そして「あーダムの子孫よ、われらはおまえたちに陰部を覆う衣服と装束を確かに下した。そしてタクワーの衣服・・・」とのアッラーの御言葉について、「衣服」とは「知識」、「装束」とは「確信」、「タクワーの衣服」とは「廉恥」を意味するとも言われている。「そしてわれらは知識に基づいて解明した啓典を、・・・彼らにもたらした。」(7章52節)
そしてアッラーは仰せである。「われらは彼らに啓典をもたらし、それを知識に基づいて説明した。またアッラーは仰せである。「人間を創造し明証を教えられた。」「それからわれらは必ずや知識をもって彼らについて語る。・・・」(7章7節)「いや、それは知識を授けられた者たちの胸の中にある明白なもろもろの徴である。」(29章49節)「人間を創り給うた。表現を教え給うた。」(55章3-4節)これらはただその恩寵を示すために述べられているのである。
伝承については、アッラーの使徒は言われた。
「アッラーは良かれと望まれる者には宗教の知解を授け(yufaqqihu)、その導きを示される。」
「知者たちは預言者たちの相続人である。」 周知の通り、預言者であることを超える位階はなく、その位階の相続以上の栄誉はない。
また使徒は言われた。「諸天と地にあるものは知者のために赦しを請う。」 諸天と地の天使たちがそのために赦し請いに務める者の地位に優る地位があろうか。知者は自分自身に専念し、天使たちは彼の赦し請いに専念する。
使徒は言われた。「叡智は貴人の栄誉を増し、奴隷さえ王侯の地位に届かせる。」
使徒はこのハディースで知識の現世における効果を述べているのであるが、周知の通り、来世の方がより良く、より長続きするのである。使徒は言われた。「偽信者(munāfiq)にはない二つの性質は寡黙と宗教の知解(fiqh)である。」
我々の時代の法学者たち(fuqahā':fiqhの持ち主)の一部の偽善のためにこのハディースを疑ってはならない。それはあなたが「理解(fiqh)」の意味を誤解しているからである。「知解(fiqh)」の意味は後述するが、法学者(faqīh:fiqhの持ち主)の最低条件は、来世が現世に優ることを知っていることであり、その知識が本物で持ち主を支配しているなら、偽善(nifāq)と見栄を免れる。
使徒は言われた。「最善の人間とは、求められる時は他人の役に立ち、求められない時は自足している学のある信仰者である、」
「信仰は裸形であり、その衣服は敬虔さ、装飾は廉恥、果実は知識である。」
「預言者職に最も近い者は学者と戦士(ジハードの人)である。学者は使徒たちがもたらしたもの(聖法)を人に示し、戦士は使徒たちがもたらしたものに則って剣でジハードを行うのである。」
「一人の知者が亡くなるよりも、一部族が死に絶えることの方がましである。」
「人間は金鉱や銀鉱のような鉱脈のようなものである。ジャーヒリーヤ(イスラーム以前の無明時代)の選良は、理解した後のイスラームの選良になった。」
「最後の審判の日に学者のインクは殉教者の知と等価に計られる。」
「私のウンマ(ムスリム共同体)のためにスンナの40のハディースを覚え、それらを人々に伝えたなら、最期の審判の日に私がその者の仲保者、証人となる。」
「私のウンマ(ムスリム共同体)で40のハディースを伝えた者は、最期の審判の日に知解者、知者としてアッラーにまみえる。」
「アッラーの宗教を知解する者は、アッラーがその者の問題を引き受け、思いがけないところから糧を恵み給う。」
「アッラーはイブラーヒームに、『イブラーヒームよ、我は智者であり、あらゆる智者を愛する』と啓示された。」
「学者は地上におけるアッラーの受託者である。」
「私のウンマの二種の者が清廉であれば人々も良くなり、堕落すれば人々も堕落する。王侯と知解者(フカハー)である。」
「私がアッラーに自分を近づけてくれる知識を増やさない日があれば、私はその日の日の出に祝福されることはない。」
知が崇拝と殉教に優っていることについて使徒は言われた。「知者の崇拝者より優れているのは、教友たちの最低の者より私が優れているのに等しい。」 使徒がいかに知識を預言者の地位と等置し知識を欠く行為の地位を貶められたかを見よ。というのは崇拝者は励むべき勤行の対象を知っていなければならないので、その知なしにはそもそも崇拝などないのである。
それゆえ使徒は言われた。「知者が崇拝者に対する優るのは満月の夜の月が他の星に優るかのようである。」
「最後の審判の日に三種の者が執り成しをする。預言者、知者、殉教者である。」 それゆえ知は、殉教が徳が(数多く)伝えられているにもかかわらず、位階において殉教に優り、預言の次に優れているのである。
使徒は言われた。「アッラーを崇める手段として、宗教における理解以上の物は何もない。悪魔にとっては一人の知解者(ファキーフ)の方が千人の崇拝者よりも手強い。全ての物に支柱があり、この宗教の支柱は知解である。」
「あなたがたの宗教の最善のものはその最も容易なものであり、最善の崇拝は知解である。」
「知ある信者は崇拝者である信者に70段階優る。」
「あなたがたは知解者が多く、読誦者、説教者が少なく、物乞いが少なく贈与者が多く、知識が実践より価値がある時代に生きている。しかしやがて知解者が少なく、説教者が多く、贈与者が少なく物乞いが多く知識が実践より価値がある時代が人々にやってくる。」
「知者と崇拝者の間には100の階段があり、各段の間は駿馬の早駆けで70年の行程である。」
「アッラーの使徒よ、最善の行為は何ですか。」と尋ねられると、使徒は「アッラーについての知識である。」と答えられた。「私たちは行為について聞きたいのです。」と言われたが、また「アッラーについての知識である。」と言われた。そこでまた「私たちは行為について尋ねているのに、あなたは知識について答えられました。」と言われると、使徒は言われた。「アッラーについての知識があれば僅かな行為でも役立に立つが、無知であれば多くの行為も役に立たない。」
使徒は言われた。「アッラーは最後の審判の日に人々を復活させ、それから知者たちを復活させ、仰せになる。『知者たちよ、我は我が知を汝らに託したのは、汝らについての我が知識によってでしかない。我は汝らを罰するために我が知識を汝らに託したのではない。我は既に汝らを赦した。行くがよい。』」
私たちはアッラーに良い末期を冀います。
また伝聞には以下のようにある。
アリー・ブン・アビー・ターリブはクマイルに言った。「知識は財産に優る。知識はあなたを守るが、あなたが財産を守る。知識が支配し、財産は支配されるのである。財産は費やせば減るが、知識は費やすほど増す。」 またアリーは言った。「知者は昼は斎戒し夜は礼拝に立つジハード戦士に優る。知者が亡くなると、その後継者(の知者)によってしか埋まらない隙間がイスラームに開く。」 また以下の詩を詠んだ。
知者以外に栄光はない
彼らは正道にあり、導きを求める者の案内人
全ての人間の価値は学んだものによる
無知な輩は知者の敵
それゆえ知識を得てずっとそれで生きろ
人々は死者であり、知者こそ生者
アブー・アスワドは言った。「知識よりも偉大なものは何もない、王侯は支配者であるが、知者は王侯の支配者である。」
イブン・アッバースは言った。「スライマーン・ブン・ダーウード(ソロモンの子ダビデ)は知識、財産、王権の選択肢を与えられ、知識を選ばれたが、それと共に財産と王権も授けられた。」
イブン・ムバーラクは「人間とは誰ですか。」と尋ねられ、「学者である。」と答え、「王侯とは誰ですか。」と尋ねられ、「禁欲者である。」と答え、「下衆とは誰ですか。」と尋ねられ、「宗教を食い物にする者である。」と答えた。
イブン・ムバーラクが知者以外を人間とみなさなかったのは、人間が他の動物から区別される特徴は知識だからである。人間は人間がそれによって高貴であるものによって人間なのであるが、それはその身体の力ではない。それならラクダの方が人間より強いからである。またその大きさによるのではない。それなら象の方が大きいからである。また勇猛さによるのでもない。それなら猛獣の方が獰猛である。また食べるためでもない。それなら雄牛の方が大食である。また交尾のためではない。それなら小さな雀でさえ人間より生殖能力がある。そうではなく人間は知のために創造されたのである。
 ある賢者は言った。「知を失った者が何で埋め合わせられようか、知を得た者に何か失う者があろうか。」
 預言者は言われた。「クルアーンを授けられた者が誰かがそれ以上のものを与えられた者がいると考えたなら、アッラーが重んじられたものを侮ったことになる。」
 またフォトゥフ・マウスィリーが「病人が食べ物、飲み物、薬を禁じられて与えられなければ死ぬのではないか。」と言うと、人々は「はい」と言った。そこで(ファトフは)「心も同じで叡智と知識を3日禁じられて与えられなければ死ぬ。」と言った。彼は真実を述べた、身体にとっての食糧が食べ物と飲み物なように、心の食糧は知識と叡智あり、その二つによって生きるのである。知識を失った者の心は病み、気づかないままに死ぬことは必定である。なぜなら現世の欲と雑念に紛れて(自分が病気であることを)感じないからである。それは傷を負っても死の恐怖がその場の傷の痛みを気づかなくさせるのと同じである、しかし死によってそうした雑念が払われると、死んだことに気づき、終わりのない激しい苦痛に苛まれることになるが、その時はもう遅いのである。それは安堵した者、酔いが醒めた者が、恐怖、酩酊中に負った傷の痛みに気づくのと同じである。私たちはアッラーに覆いが取り上げられる日の庇護を冀います。「人々は眠っており死んだ時に・・・」(ハディース)。気をつけなさい。
 ハサンは言った。「学者の墨と殉教者の血を測れば学者の墨が殉教者の血にまさる。」
 イブン・マスウードは言った。「知識が取り上げられてしまう前にあなたがたは知識を学ばねばならない。知識はその伝承者たちが死に絶えることで取り上げられる。我が魂がその御手にある御方(アッラー)にかけて、アッラーの道に殉教者として死んだ者は、アッラーによる学者たちの厚遇を見て、アッラーが自分たちを学者として蘇らせてくれればと願う。学者として生まれる者は一人もいない。知識は学問による。」
 イブン・アッバースは言った。「私は、(礼拝や勤行で)徹夜をするより、夜の一時に知識を学ぶことをより好む。」 同様な言葉がアブー・フライラやアフマド・ブン・ハンバルからも伝えられている。ハサンは「我らが主よ、我らに現世で善福を来世でも善福を与え、獄火の懲罰から我らを護り給え。」との御言葉について「『善福』とは現世において知識と崇拝、来世では楽園のことである。」と言った。
 ある賢者は「何を手にすべきか。」と問われ、「あなたの船が沈んだ時にあなたと共に泳ぐもの -つまり「知識」- である。」と言った。また「船の沈没は死による肉体の滅亡を意味する。」と言われた。
 またある者は言った。「叡智を手綱とする者を、人々は導師とする。そして叡智をもって知られた者を、衆目は敬意をもって眺める。」
 シャーフィイーは言われた。「知の誉とは、それに関わる者は皆、たとえ些細なものであれ、喜び、それを取り上げられた者が悲しむことである。」
 ウマルは言った。「あなたがたには知が課される。アッラーには愛の外套がある。知識の一部門でも求める者にアッラーはその外套を着せ給う。その者が罪を犯しても悔い改め、また罪を犯しても悔い改め、また罪を犯しても悔い改め、たとえ死ぬまでその罪を重ねようとも、その(愛の)外套を脱がさないようにと。」
 アフナフは言った。「学者はまるで主人であるかのようになり、風格はすべて崩れ、卑小さがその行き先となる。」
 サーリム・ブン・アビー・ジャァドは言った。「私のご主人は私を300ディルハムで買って私を解放した。私は『どんな仕事をしましょうか。』と言い、学問を仕事にしました。そして1年が経つとマディーナの総督が私に会いにやってきたが、私は彼に許しを与えなかった。」
 ズバイル・ブン・アビー・バクルが言った。「イラークにいた私の父が私に手紙をよこした。『学問をしなさい。あなたが貧しい時はそれはあなたの財産となり、富める時にはあなたの装飾となる。』」
 それはルクマーンの子供への遺言の中でも述べられている。「我が子よ、学者たちと膝附合わせ席に連なりなさい。アッラーは空からの雨で大地を賦活するように叡智の光で心を賦活する。」
 賢者の一人が言った。「学者が死ぬと、海の魚も空の鳥もそれを嘆く。その顔は忘れられても、その(学問の)記憶は消えない。」
 ズフリーは言った。「知は男性であり、大人の男だけがそれを愛する。」


『宗教諸学の再生・要約』

(序)
イスラームの証(フッジャトゥルイスラーム)アブー・ハーミド・ムハンマド・ブン・ムハンマド・ガザ―リーは述べた。
アッラーにこそあらゆる恵みに対する称賛は属す。称賛をさせていただくこと自体(を含む恵み)に至るまで。その預言者、使徒、しもべである使徒たちの長ムハンマドとその御一統、教友、その逝去後の後継者(カリフ)、その存命中の副官たちに祝福あれ。
旅先でかさばって持ち運びが大変なので『宗教諸学の再生』を抜粋しようと思いつき、アッラーに助けを求め、正導を願い、その預言者に祝福を祈りつつ、それに取り掛かった。それは40章からなる。アッラーこそ正答を恵み給う。


第1章:知識と学習

(第1「知の徳」節)
 知りなさい。知の徳については、クルアーンに多くが述べられれている。「ムジャーダラ章11節」イブン・アッバースは言った。「学者は信仰者より700階梯上にいる。それぞれ階梯は500年の工程がある。至高者は仰せになる。「ズンマル19節」至高者は仰せになる。「蜘蛛章43節」
 また伝承の中には、以下のようなハディースがある。「学者は預言者たちの相続人である。」「最善の人間とは、求められる時は他人の役に立ち、求められない時は自足している学のある信仰者である、」「信仰は裸形であり、その衣服は敬虔さ、装飾は廉恥、果実は知識である。」「預言者職に最も近い者は学者と戦士(ジハードの人)である。学者は使徒たちがもたらしたもの(聖法)を人に示し、戦士は使徒たちがもたらしたものに則って剣でジハードを行うのである。」「学者は地上におけるアッラーの受託者である。」「復活の日には、預言者たちが(信者のためにアッラーに)執り成しを行い、ついで学者が、ついで殉教者たちが。」
 またフォトゥフ・マウスィリーが。「病人が食べ物、飲み物、薬を禁じられて与えられなければ死ぬのではないか。」と言うと、人々は「はい」と言った。そこで(ファトフは)「心も同じで叡智と知識を3日禁じられて与えられなければ死ぬ。」と言ったが、彼は真実を述べた、身体にとっての食糧が食べ物と飲み物なように、心の食糧は知識と叡智あり、その二つによって生きるのである。
知識を失った者の心は病み、気づかないままに死ぬことは必定である。なぜなら現世の雑用に忙殺されるからである。しかし死によってそうした雑用から目覚めると、終わりのない激しい苦痛に苛まれることになる。それが「人々は眠っており死んだときに目覚める。」とのハディースの意味である。
学習の徳については「学究には天使が満足して翼で抱きしめる。」「朝に知識の一分野を学ぶことは100ラクアの礼拝よりも良い。」とのハディースが示している。
アブー・ダルダーゥは言った。「学びに行くことをジハードだと考えない者は理性、考えに欠けている。」教えることの徳は「アッラーが知識を与えられた者に、人々にそれを教え、それを隠すな、との約定を取られた時」とのアッラーの御言葉が示している。アッラーの使途はこの節を読まれた時に言われた。「アッラーは学者には必ず、預言者たちになされたように、知識を教え隠すなかれとの約定を取られた。」
 預言者はムアーズをイエメンに派遣された時に言われた。「アッラーがあなたを介して一人の男を導かれたなら、あなたにとってそれはこの世界とその中にあるもの(全て)よりも価値がある。」ウマルは言った。「誰かが何かを話して、それを誰か(他人)が実行したなら、彼(話をした者)にも、それを行ったのと同じだけの報償がある。」ムアーズ・ブン・ジャバルは教えることと知について、以下のように述べているが、その伝承は預言者にまで遡ることができる。「知識を学べ。アッラーのために知識を学ぶことは善行、知を求めることは勤行、勉学は賛美、探求はジハード、教えることは喜捨、知をそれに相応しい者に授けることは奉献である。知は孤独の慰め、独居の伴侶、禍福に応じた導き手、親友の中の腹心、朋友の中の同志、楽園への道の光塔である。アッラーは知識によって人々を高め、彼らを人々を牽引し行き先を示す善の先導者、幸福の案内人とされ、彼らの行跡は辿られ、彼らの行為を注視され、天使は彼らの装飾を望み、その翼で彼らを愛撫し、湿ったものも乾いたものも全てが彼らを称え、海の魚介類や陸の獣や家畜、空と星に至るまで彼らのために赦しを請う。なぜならば知識は心の蒙を開き、闇の中で目を照らし、身体の弱さを強め、人は知によって篤信者の境地、最高の段階に達し、知識の思索は斎戒、勉学は夜の礼拝に匹敵し、アッラーが従われ、崇拝されるのは知によってであり、主が唯一の神として畏れられるのも知に基づいてであり、知によって親戚関係が繋がれる。知が主で、行為は従なのである。アッラーは幸運な者には知を授け、惨めな者には知を遮断されるのである。
理性に照らしても、学問の徳は隠れもない。なぜならそれによって至高なるアッラー、その近く、その側に到達するからであり、それは終わることのない永遠の至福、永久の快楽であり、それによって現世の栄光と来世の至福があるからである。現世は来世の畑であり、学者はその知識によって、自分自身のために、その知識の要請に応じた自己修練によって来世の至福のための種を植えるのである。また教育によっても永遠の至福の種を植えることになるだろう。なぜなら人々の人格を陶冶し、彼らを自らの知識により至高なるアッラーに近づけるものに誘うからである。「叡智と良き訓戒であなたの主の道に招き、彼らと最善のもので議論せよ。」(16章125節)それゆえ彼(学者)は選良は叡智によって、大衆は訓戒によって、頑迷な者は議論によって呼びかけ、自分を救い、他人をも救う。これこそ人間の感性なのである。

2020年3月6日金曜日

ボードゲーム「カリフ」イジュティハード


1 経済アドバイザーを名乗る男が現れ、金貨銀貨を廃止し自国に紙幣を発行する中央銀行を作るよう言ってきた。アドバイスを受け入れるべき? 
シャリーアの認める通貨(ナクド)は金と銀だけであり、義務の浄財(ザカー)の最低額、殺人・傷害の血の代償(ディヤ)などは金、銀によって定められています。ハナフィー派では義務の浄財の最低額は金20ディーナールか銀20ディルハムです。(現代の度量衡だと金1ディーナールは22金で約4.25グラム、銀は約3グラム)。殺人の血の代償はアブー・ハニーファは「ラクダか金か銀」と述べており、第二代正統カリフ・ウマルはラクダなら百頭、金なら千ディーナール、銀なら一万ディルハムと定めました。
金貨、銀貨の品質管理はカリフの職務の一つであり、金、銀の裏付がないただの無価値な紙片を、武力による威嚇を背景に高価な物品との交換を強制することは詐欺に他ならず、カリフであっても許されません。
 但し個人の間で自分たちの信用に基づく約束手形を発行するのは自由ですので、金銀をいつも身につけて持ち運ぶ必要はありません。

2 息子がラッパーになりたいと言い出した。父親である貴方はこれを認めるべきだろうか。
音楽については、楽器、特に管楽器の使用は禁じられているという説が有力です。預言者ムハンマドも「音楽に伴う 笛(ミズマール)の音と、不運に見舞われた時の呪詛(じゅそ)の声は、現世と来世で呪われます」と言われています。但し楽器の定義が曖昧であり、預言者の弟子たちも楽器を使ったとの伝承もあるため、ガザリーなどの法学者も、可否の基準は意図と目的であり、音楽の目的が遊興であり、劣情を煽(あお)り、飲酒や婚外交渉などの禁じられた行為の誘因にならないなら許される、と述べています。
ラッパーになりたいと言っているなら、楽器を使わず、神を称え、神に仕え愛と正義を実践するよう訴えるラッパーになるように勧めるべきです。

3 イスラーム法学者同士、ファトワーとファトワーが対立した場合はどうするのでしょうか。
ファトワーとは質問に対する答えであり、ムスリムは誰にでも好きなことを尋ねることが出来ます。ですからいろいろな人がいろいろな人にいろいろな質問をするので、いろいろなファトワーが世の中に出回ることになります。自分が尋ねたのでもない人間のファトワーを気にする必要はありません。とはいえ、自分で質問したからといって、そのファトワーに従う義務もありませんし、たまたま目にした知らない人の発したファトワーでも、それに納得すれば従っても構いません。
ただしイスラーム法を学ぶ者の間では、クルアーンとハディースの解釈はアブー・ハニーファ、マーリク・ブン・アナス、シャーフィイー、アフマド・ブン・ハンバルの4人の法学祖がイジュティハードで演繹(えんえき)した法体系に収斂(しゅうれん)し、4つの法学派が確立しているので、自分でイジュティハードできるようになりたいとの志がある学徒はいずれかの法学派に属して勉強してください。

4 嘘をつくことはハラームですが、つくり物の映画はハラームだろうか。

嘘はもちろん悪で、ある意味では最も重い罪です。預言者ムハンマドは、「信仰者が不倫したり、泥棒したりしますか」と尋ねられた時は、「そういうこともあります」と答えらえましたが、「では信仰者は嘘をつきますか」と尋ねられた時には「いいえ」と答え、クルアーン「信仰のない者だけが嘘を吐く」(16105節)を読み上げられました。
  しかし定義が曖昧なので法学的な意味でのハラーム(禁止)と呼ぶのは不適切です。預言者ムハンマドも、戦争での策略の場合、いがみ合う人々の仲を取り持つ場合、夫婦の間での御世辞の3つの場合の嘘は許されました。
 クルアーンにも、不信仰者を雷雨の夜の暗闇を歩む者、聾啞(ろうあ)の盲人になぞらえる話(217‐20節)など数多くのたとえ話があります。
 要するに、たとえ話のようにつくり物だと分かっていて誰も騙(だま)されず、内容が教訓を得るという良い目的で作られたものであれば禁じられた嘘にはなりません。

5 私財を投じて他人へ施すことと、他人の世話にならないように個人の財産を貯蓄することのどちらを優先すべきだろうか。

自分と妻子の扶養分以上の財産があれば、喜捨することがスンナです。しかしイスラーム法は、妻子の扶養を蔑ろにして施すことは罪であると定めています。
 預言者ムハンマドは「上の手(施す手)は下の手(物乞いの手)に勝る。おまえの扶養する者から始めよ。最善の喜捨は富裕な者によるもの。」「人間にとって自分が養う者を飢えさせることより重い罪があろうか」 と言われています。
 妻子の扶養義務を怠って施すことは禁じられますが、妻子の扶養の義務には将来のために貯蓄することは含まれません。将来のことはアッラーに任せればよいからです。
 アッラーは仰せです。「彼(アッラーを畏れる者)には彼が考えもつかないところから、(アッラーは)恵みを与えられる。アッラーを信頼する者には、かれは万全であられる。」(653節)


6 自分の息子/娘が同性愛者かもしれない。その場合は息子/娘にどのように接すればいいだろうか。

「同性愛」という表現は不正確です。男女の別なくムスリム同士は愛し合うべきですから。禁じられているのは心中の「愛」ではなく「婚外性交」という行為であり、イスラーム法は、全ての婚外性交を禁じていますが、同性性交の禁止はロトの逸話に遡るもので創世記19章に、クルアーンでは78081節に述べられています。
しかしハディースには「アッラーは善悪を定め教えられた。悪行をしようと思ったが思いとどまった者にアッラーは一つの善行を行ったと書き留め、それを犯した者には一つの悪を行ったと書き留められる。」と言われています。
 ハディースには「ムスリムの隠し事を追求するな」とも言われており、性行為は秘め事ですから、公然と行わないなら追求すべきではありません。親の義務はクルアーンとハディースを教えることだけです。同性を愛し性交を望んだ者が実行して罪を犯すか、自制して善行の報奨を得るか、どちらを選ぶかは本人に任されます。

7 イスラム教に改宗したキリスト教徒に、改宗の意思がない配偶者と、成人していない子供がいる場合、家族の中で自分だけがイスラム教徒として生活するということは許されるのだろうか。

クルアーン55節「今日(清き)良いものがあなたがたに許される。中略あなたがた以前に啓典を授けられた民の中の貞節な女も。」により、キリスト教徒の妻との結婚は許されており、夫のイスラーム入信後も入信前の婚姻契約がそのまま有効です。
子供については、父親の入信後に生まれたなら自動的にムスリムになりますが、イスラーム入信前に生まれていた場合にはその規定は適用されません。父親は子供にイスラームを教えなければなりませんが、強制はできません。キリスト教に入信した二人の息子に入信を強要して拒まれたムスリムの男が、息子を連れて預言者ムハンマドの許にやって来て「地獄の業火が自分の子供たちに迫っているのを、どうして見逃せましようか」と訴えた時、「宗教に強制はない」とのクルアーンの節(2256節)が啓示され、預言者が二人を放免したと伝えられていることから、子供は成人後に自分で宗教を選ぶことになるでしょう。

8 夫婦喧嘩をして、どちらも主張を譲らない場合、夫と妻のどちらが妥協するべきでしょうか。
  喧嘩の内容によります。イスラーム法は夫と妻にそれぞれ権利と義務を定めていますので、喧嘩の内容が、夫に権利があることであれば、妻はその義務を果たさなければなりません。逆に妻に権利があることであれば夫は自分の義務を果たさなければなりません。
 夫の権利は生理期間を除き妻と性交をすることであり、妻の義務は夫の性交の求めに応じ夫の許可がない限り家に居て夫の財産を保管することです。妻の権利は結婚する時に婚資(マハル)、結婚している間に扶養費、離婚する時に離婚金をもらうこと、夫との性生活を楽しむことです。
 妻が義務を果たさなければ、クルアーンに「男は女の上に立つ者である。 中略 反抗的な女たちには諭し、臥所(ふしど)に置き去りにし、打擲(ちょうちゃく)せよ」(434節)とあるように夫は言うことをきかせる権利があり、それでも言うことを聞かなければ離婚します。夫が義務を果たさなかった場合は妻は裁判官に訴え離婚することが出来ます。

9 日本人でもカリフになれますか。
  イスラーム法はカリフの資格を成人、理性、イスラーム、イスラーム法の学識、公正さ、敬虔(けいけん)、男性、政治力、勇気、健常な四肢と感覚、クライシュ族の男系出自、カリフの選出手続きをイスラーム学者と政治権力者たちによる選挙か、前任のカリフからの後継者指名、と定めています。
ですから日本人がカリフになるには、クライシュ族の男性が日本に渡来し日本人女性と結婚して生まれた男子が前任のカリフから後継者に指名されるか、カリフに選ばれるかどちらかです。
しかしシャーフィイー派の大学者アブドルカリーム・ラーフィイー(1226年没)が、武力で覇権を握ってダールルイスラームに実効支配を確立した場合、カリフの資格を満たさず、選挙されたのでもなく前任のカリフからの指名もなくとも正当なカリフと認める、との理論を編み出しましたので、クライシュ族でない日本人でもダールルイスラームを武力で征服すればカリフになれることになります。

10 仕事ができず、いつも皆に迷惑をかけています。自分なりに頑張っているのですがうまくいきません。どうすれば有能な人間になれるでしょうか。

一般に無能な人間は有能にはなれません。アッラーは誰にも、できないことをしろ、とは命じられません。あなたはあなたにできることだけを真面目にやればそれで十分です。できない仕事を押し付けてミスが生じたなら、そのミスの責任は、あなたではなく、あなたの能力を見誤った上司にあります。失敗の責任を取るために、上司は大きな権限を持たされ高い給料をもらっているのです。
「アッラーは誰にもその能力以上のことは課されません。誰もが自分が稼いだものに権利があり、自分が犯してしまったことに責任を負う。我らが主よ、私たちが忘れたり、ミスを犯したとしても、私たちを責めないでください。」(クルアーン2286節)

11 彼女が欲しいのですがなかなかできません。どうすればモテるでしょうか。

預言者ムハンマドは、「財産、貴い家柄、美しさ、宗教性の4つによって、結婚しなさい。宗教的な女性を娶(めと)れば糟糠(そうこう)の妻となる。」と言われました。学者たちによるとこのハディースは男性にも当てはまります。
生まれついての家柄は自分ではどうしようもありません。ですので、もてたければ、金持ちになるか、美しくなるか、宗教的になるか、のどれかを目指すのがよいでしょう。化粧すれば少しはカッコよくなるかもしれませんが、美しくなるのもかなりハードルが高いでしょう。金持ちになるのも、元手か商才か運のどれかがないと難しいです。一番簡単なのが、宗教的になることです。内心の敬虔(けいけん)はなかなか身に付きませんが、モスクに足繁く通ったり、礼拝をたくさんしたり、斎戒断食したり、顎鬚(あごひげ)を伸ばしたり、宗教的に見える振る舞いをするのは誰にでもできますので、やってみましょう。

12 神はなぜ人間を作ったのですか。
 アッラーはクルアーンの中で「私が人間とジンを創造したのは、ただ彼らが私を崇拝するためにでしかない。」(5156節)と仰せです。
 預言者の高弟イブン・アッバースは、「崇拝する」とは「知る」という意味だと解説しています。人間が創造された目的は神に仕え神を知ることです。
 また「己を知る者はその主を知る」とも言われています。主に仕えることで、己を知り神を知ることが人間が存在する意味です。

13 神様が本当にいるのなら、虐げられている弱者を助けないのはなぜですか。

神は「死と生を、あなた方の誰が最も良い行いをするか、あなたがたを試みるために創造した御方」(クルアーン672節)です。
生も死も幸運も不運も神からの試練です。虐げられている弱者が、神から命じられている忍耐を行い死後の楽園の報奨をもらい、虐げられた弱者を助ける者が正義を行うことで来世で楽園の報奨をもらう機会を得るためです。

14 万物は神が作ったものなら、どうして食べてはいけない物があるのですか
豚肉の禁止(5節)などが書かれたクルアーン5[食卓章]は「信仰する者たちよ、契約を守れ。」から始まり、「アッラーは困難をあなたがたに課すことを望まれない」(6節)を挟み、「(アッラーが)あなたがたと結ばれた約定を思い起こし、アッラーを畏れなさい」(7節)で結ばれます。
 食べ物だけではなく、人間の行為を含む森羅万象は全て、アッラーの創造になります。食べ物の禁止も、行為の禁止も、全て神との契約であり、人間にとっての悪とは契約に背くことです。神が禁止を定めたのは人間を苦しめるためではなく、恵みを授けるためです。預言者ムハンマドは「悪行をしようと思ったが思いとどまった者にアッラーは一つの善行を行ったと書き留められる。」と言われました。
 食べたいのを我慢するだけで来世で報奨をもらえるために食べてはいけない物があるのです。しかしもっと大切なのは、禁じられた食べ物を見る度に、神の恩恵を思い出すことです。

15 カリフ制は国家を否定すると聞きました。国家とは何でしょうか。
 国家とは幻想、虚構です。国家を否定する、という意味は、存在するものを拒絶して無くそう、ということではありません。存在もしないものが存在するかのように騙(だま)されない、ということです。
 フランス国王ルイ14世は「朕は国家なり」と言いました。では天皇、それとも首相、それとも「主権者」と言われる私やあなたが日本の国家なのでしょうか。それとも国会議事堂の建物が国家でしょうか。あるいは富士山や琵琶湖が国家でしょうか。
 政治学では主権、国民、領土を国家の三要素を言います。しかしそんなものが戦争をしたり、税金を取ったり、子供の教育をしたりするでしょうか。
カリフ制と神の法による人間の生き方です。最初のカリフは人類の太祖アーダムです「私(アッラーは)は地上にカリフをおいた」(クルアーン230節)名前に欺かれ、教育、福祉、安全保障を非在の国家に委ね、国家の名に隠れて人間が権力を恣(ほしいまま)にするのを許してはならないのです。

16 いじめを目撃しました。止めたいですが止めると自分が次の標的になってしまいます。どうしたらよいでしょうか。

預言者ムハンマドは言われました。「お前たちの誰でも悪行を見かけたら自分の手でそれを変えなさい。それができなければ自分の舌で。それもできなければ心で。だがそれしかできない者は、もっとも信仰の弱い者。」
いじめている者たちより自分の方が強くて仕返しされないと思えば力づくでとめればよいでしょう。それができそうもなければ、いじめをやめるように説得してとめれれると思うなら説得してみればよいでしょう。それもできそうもなければ、心の中でいじめがなくなるように、と神に祈ればよいでしょう。大切なのは自分に何ができるかを見極めることです。

17 毎日がつらくて死にたくなります。どうしたらよいでしょうか。
預言者ムハンマドは言われました。「刃剣で割腹自殺した者は、地獄の火中でその刃剣を手にもって自らの腹を永久に刺し続ける者となるだろう。また、毒を飲んで自殺した者は、地獄の火中で永遠に毒をすすり続ける者となるだろう。更にまた、山頂から投身自殺した者は、地獄の火中を永遠に落ち続ける者となるだろう。」 
イスラームでは自殺は禁じられていますが、殉教で死ぬことは勧められています。ムハンマドは言われます。「死後、アッラーの御許で恩典を与えられた者は、たとえこの世とそれに存在する全てを与えられるとしても、再びこの世に帰ることを望む者は一人も無いであろう。だが殉教者は別である。彼は殉教の恩典として受けるものがあまりにも素晴らしい故、再びこの世に戻って殉教することを望むであろう。」 
どうしても死にたければ、過酷な戦場にジハードに行き殉教しましょう。

18 就職活動がうまくいきません。どうすれば良い仕事につけるでしょうか。
 アッラーは仰せです。「またアッラーを畏れる者には、彼は脱出口を備えられる。(アッラーは)考えつかないところから彼に糧を恵まれる。アッラーに拠り頼む者には、彼は十全であられる。」(652-3節) 
 アッラーにお任せすれば、思いもかけない良い仕事が見つかるかもしれません。取りあえず祈りましょう。

19 幼いわが子がちっとも可愛いと思えません。このままでは虐待しそうです。
 あんな芋虫みたいなもの、可愛いと思う方がおかしいです。預言者ムハンマドも当時のクライシュ族の習慣に従って、4年から5年、砂漠に送られ乳母の許で育てられ、歩けるようになると牧童として羊などの家畜の世話をするようになりました。
 可愛くない子供は砂漠に送って働かせましょう。

20 実力がないのにチヤホヤされている人を見るとイライラします。ああいう人が注目されないようにするにはどうすればいいでしょうか。

預言者ムハンマドは「自分に関係のないことは放っておくことが、ムスリムの美点です」と言われています。 そういう人を見るといらいらするなら、足を引っ張ろうなどと考えず、そもそもそんな人のことなど見ないようにするのが一番です。

21 保険加入や貯金は神を信じていないことになりますか。
アッラーは「彼らは酒と賭矢に就いてあなたに問うであろう。言ってやるがいい。『それらは大きな罪であるが、人間のために益もある。だがその罪は益よりも大である』。」(クルアーン2219節) と仰せになり、賭博を禁じられました。また預言者ムハンマドはリスク(gharar)の売買を禁じられました。
イスラーム法は不確定な未来の売買を禁じています。起きるかどうか分らないリスクに対して決まった対価を与える保険には、禁じられた賭博とリスクの売買の要素があり、合法性に疑いの余地があります。
またアッラーは「(アッラーは)考えつかないところから彼に糧を恵まれる。アッラーに拠り頼む者には、彼は十全であられる。」(652-3節)と仰せなので、アッラーへの深い信頼があれば保険や貯金などは要らない、とも言えます。 
しかし、これらは罪や信仰の弱さではあっても、不信仰、多神崇拝にはあたりません。

22 イスラム教のお坊さんはなんという名前なのですか。
神の子や、神の代理人のような特別な人間の存在を認めないイスラームには、聖職者、いわゆる「お坊さん」はいません。それでも日本人から見て、「お坊さん」のように見える人はいます。地方や民族によって、いろいろな呼び名がありますが、アラビア語の主だった名前には以下のようなものがあります。まずはアーリム。イスラーム学者の意味です。複数形のウラマーの方が有名かもしれません。その他、導師を意味するイマーム、老師を意味するシャイフ、教義回答者の意味のムフティーなどの呼び名もあります。またマウラーナー(我らが主)、サイイディー(我が)のような敬称もあります。


23 自国内の異教徒は改宗させるべきか?

 クルアーンには「宗教に強制はない」(2256節)とあります。バイダーウィーのクルアーン注釈によると、使徒の召命以前にキリスト教に入信した二人の息子がいたムスリムが「地獄の業火が私の子供たちに迫っているのを、見逃せましようか」と言って二人の息子を連れて預言者の許に来てイスラームの入信を強要するように求めて預言者ムハンマドの許に来た時、この節が啓示され、預言者は二人の息子を自由にしたと言われています。
 また異教徒がダールルイスラームにやってきた場合も、イスラームが実践される姿を見て承服し見習って自発的に入信しなかった場合は改宗を強制することはできず、以下のクルアーンの聖句により安全に本国に送還しなければなりません。
「もし多神教徒の中に,あなたに保護を求める者があれば保護し,アッラーの御言葉を聞かせ,その後かれを安全な所に送れ。これはかれらが,知識のない民のためである。」(クルアーン96節)

24 専業主婦の妻が家事を一切やりたくないのでメイドが欲しいと言ってきた。雇ってあげるべき?

 雇う余裕があれば夫には雇う義務があります。イブン・マージャ「夫に余裕があれば、妻は召使いを一人所有する権利があり、夫には召使いの経費を負担する義務がある。それは妻には、夫の身の回りの世話に専念するために家事を司り彼女に仕える召使いが必要だからである。」と夫に妻のために召使いを雇う義務を明言しています。クルアーン656節に基づき夫には妻の扶養の義務があるからです。
妻の義務は、夫との性交と貞節を護ること、留守中の夫を家財の保管で、「夫の身の回りの世話」とは快適な性生活の用意をすることです。家事は妻が望まねば、夫は召使いを雇わねばなりません。
 勿論、これは夫にそれなりの収入がある場合のことで、「アッラーは誰にもできないことは課されない」(クルアーン2286節)の原則により、夫が貧しい場合には借金をしてまで無理に雇う必要はなく、夫婦で家事を分担するか、別れるか、二人で相談して決めます。

2019年10月17日木曜日

「イスラーム世界を見る視線の交錯 ——日本とフランスの対話」応答


「イスラーム世界を見る視線の交錯 ——日本とフランスの対話」応答  2019/10/16
中田考

 「イスラーム世界を見る視線」という今回のシンポジウムのテーマに深く関わっているので、私事になりますが最初に少し詳しく自己紹介をさせていただきます。
私は神道の家系に生まれました。子供の頃は夏休みは実家の里の神社で暮らしていました。二人の叔父は今も神主をしております。私自身は無宗教でしたが小学校の時からカトリックとプロテスタントの教会に通いキリスト教に親しんでいました。1980年に東大に入学して駒場聖書研究会に入会し、1982年に東大に新設されたイスラム学研究室に進学し、翌1983年にイスラームに入信しました。卒論、修論ではイブン・タイミーヤの思想を専攻しました。1986年にエジプトに渡航しカイロ大学に留学し、1992年にイブン・タイミーヤの政治哲学をテーマにカイロ大学文学部哲学科から博士号を授与されました。留学中にジハード団の学者ムハンマド・ヒジャーズィー師からイスラーム法学などを習う一方、キプロスのナクシュバンディーヤ・スーフィー教団のシャイフ・ナーズィムに弟子入りし、1996年にはシャーズィリーヤ教団に移りました。その後、1992年から1994年までサウディアラビアの日本大使館で「内政における宗教勢力の動向」の調査を委嘱され専門調査員を務めました。その後、帰国し、山口大学、同志社大学でイスラーム学を教えてきましたが、同志社大学一神教学際センター幹事、日本ムスリム協会理事として宗教間対話にも参加しました。2013-2014年にイスラーム国を5回訪問し、私戦予備及び陰謀罪で捜査され、本年8月に不起訴が決まりました。

1.日本からムスリム世界を見る
 私は、ムスリムでありながらムスリム世界を遠くから哲学者の目で眺めているという点でビダール先生と同じであり、イスラーム国の出現の原因と責任が欧米ではなくムスリム世界にあり、その起源がワッハーブ派にあり現代のワッハーブ派が金銭崇拝(worship of this false God called Money)、つまり銭神崇拝(Mammonism)であるとの認識においてビダール先生に同意します。
 もちろん、違いもあります。ビダール先生がムスリムとして育ち、旧ローマ帝国領で哲学者として活動されているのに対し、私はキリスト教徒でも1%以下、ムスリムは0.1%もいない日本で世俗教育を受けて育ち西欧的な人文社会科学を学んだ後でイスラーム学の訓練を受けてイスラームに入信したという点で、ムスリム世界をより遠く距離をおいて眺めています。またイスラーム国の出現の原因がムスリム世界にありワッハーブ派が起源であることには同意しますが、私の実際に目にしたイスラーム国は決して特別な怪物ではなく、怪物であるとすれば、それは領域国民国家(territorial nation states)という怪物リバイアサン(leviathan)たちの一匹に過ぎず、現代のワッハーブ派サウディアラビアの問題も、銭神崇拝とリヴァイアサン崇拝の多神崇拝と考えるのがより正確です。
 ユダヤ教でもキリスト教でもイスラームでも仏教でもヒンドゥー教でも伝統宗教には、生まれながらに信徒である、という受動的なあり方と、教義を学んだ上で本人の意思による入信という主体的な有り方の二つがあり、現実には前者が圧倒的に多数であり、後者の主体的であるべき入信さえ慣習制度化されているのが普通です。これはキリスト教では幼児洗礼の問題としてよく知られています。
 私はアッラーとその使徒ムハンマドを信ずる職業的イスラーム古典文献学者ですので、私にとっての「ムスリム」とは、アッラーの御許でムスリムと認められ(アッラーの御許の宗教はイスラーム[クルアーン319節])救済を約束された者のことでしかなく、自称他称のムスリムたちには興味はありません。とは言っても、誰がムスリムかを神が名指しで教えてくれるわけではないので、神の代理人という概念を持たないイスラームでは、誰がムスリムかは啓典クルアーンと神の使徒ムハンマドの言行録(ハディース)を手掛かりに自分で考えるしかありません。

2.末法のイスラーム
 現在世界のムスリムの数は15億人とも言われていますが、その絶対多数はただ先祖がムスリムだったというだけの「名ばかりムスリム」、「エスニック・ムスリム」で、ムスリムの名に値せず論ずるに足りません。預言者ムハンマドも言われています。「食客たちが大盆に互いに呼ばわり群がるように諸国民がお前たちに群がりよせることになろう。その時お前たちは多数だが川面の塵芥のようで、お前たちの心には弱さ(死の恐れ)があり、敵たちの心からはお前たちへの恐怖は取り去られている。」[1]
 仏教には、時代が経つにつれて僧侶も戒律を守らなくなり分派の争論により仏法の正しい理解が失われ、教えの形だけが残り中身は失われ、悟り開く者がなくなる「末法(“sad-dharma-vipralopa”, disappearance of the true dharma)」という考え方があります。日本でも1052年が末法元年とされ、以来、千年の長い時間を経て末法思想は人々の間に広く行き渡りました。
 イスラームの教えでも、ウンマ(ムスリム共同体)は預言者ムハンマドの時代から堕落を続け、ついには最後の審判を迎えます。最後の審判が何時かは正確には誰にも分かりませんが、最後の審判のさまざまな徴は予言されています。ちなみにマムルーク朝エジプトの大学者スユーティー(al-Suyūṭī 1505年没)は、ムスリムのウンマの寿命を1000年以上1500年以下と計算してます。今年は1441年なのでまだ少し余裕があります。,
日本の仏教徒の数は人口は約9割ですが、現代の日本人の思考も行動も釈迦の教えとは殆んど何の関係もないことは日本人なら誰でも知っています。ですから日本人である私には、末法の仏教と同じく、現代のイスラームが形だけでムスリムとは名ばかりであることは、体感的に理解できます。
 キリスト教のように、人が神の子になったり、神の子の代理人がいたり、人に神(聖霊)が憑く、といった概念を持たないイスラームにおいては、誰がムスリムかを判断できるのは、神だけです。しかしイスラームの教えはアッラーとその使徒を信ずる者にしか課されませんから、共同生活を送るには、ムスリムとそうでない者を区別する必要が生じます。ジハードやイスラーム刑法を持ち出さなくとも、食物規定やドレスコードが違えば共同生活が困難なのは、イスラームに限った話ではありません。そこでこの世で暫定的に誰かをムスリムとして扱うかどうか、という問題が生じます。
 カリフとダールルイスラーム(イスラームの家 dār al-islām)が存在し、まがりなりにもムスリムが主権を持ち、シャリーア(≒イスラーム法)が通用していた時代には、誰がムスリムか、が問題になることは通常ありませんでした。ムスリムの社会、ムスリムの家庭に生まれた者は自動的にムスリムであり、誰がムスリムかは自明で、あえて問うまでもなかったからです。しかし、カリフがいなくなり、ムスリム世界がヨーロッパ列強によって植民地化され、西欧の法制が押し付けられると状況はすっかり変わってしまいました。名ばかりのムスリムが本当にムスリムか、を問わざるをえないシチュエーションが露呈することになってしまったわけです。
もちろん、既に述べたようにムスリムかどうか、という問いは現世での便宜的な判断であり、他のムスリムについて「その信仰が本物か」を問うものではありません。それは神だけが知ることであり、人間が知ることができることでも、知る必要があることでもないからです。キリスト教とは違いイスラームには内心の信仰を問い質す告解や異端審問のような制度は有りません。人間の内心には干渉しない。これがイスラームにおける「信仰の自由」の意味です。そしてこの世の便宜的な判断はイスラーム法裁判官(カーディー qāḍī)が下しますが、イスラーム法裁判官の司法権は預言者ムハンマドの現世の裁定権の延長であるため、カリフ不在の世界では、この便宜的な判断も下せないことになります。これが現在のムスリム社会の混迷の主要な原因の一つです。

4.イスラーム国の誕生の背景
 イスラームに限らず伝統宗教では、宗教は生得的なものであり、通常それが問題されることはありません。しかし例外的にそれが問われる状況は存在し、イスラーム法にも規定があります。この発表の文脈で重要なのは、学者(アーリム ālim)と無学者(ジャーヒル jāhil)あるいは大衆(アーンミー āmmī)の区別です。無知な大衆には多くを求めるのは無理だとの冷めたリアリズムです。大伝承学者ハーキム(al-Hākim 1014年没)は「地上にクルアーンの一つの節も残っておらず、残っているのは、人々の諸集団の老人や老女が、『我々は、アッラーの他に神はない、とのこの言葉を、父祖たちから受け継ぎ、それを唱えている』ということだけ、となる。」との預言者ムハンマドの予言と、「その『アッラーの他に神はない』との言葉で地獄の業火から救われる」とのムハンマドの高弟フザイファ(Khudhaifah)の言葉を伝えています。この問題はイスラーム国などのサラフィー・ジハード主義者(Salafī jihādī)の間でも「無知による免責(udhr bi-jahl)」問題として広く知られ盛んに論じられているものです。
 「怪物はあなた方の自身の内側から来たのです(the monster has come from your own innards)」とはビダール先生の言葉ですが、イスラーム国 ― ビダール先生が言う「怪物」 ― はまさにムスリムこのムスリム社会の知的、道徳的堕落から生まれたものです。ビダール先生はその慢性病(chronic illnesses)が、宗教のドグマに対する良心の自由の完全な権利を本当に断固として認める永続するデモクラシーを確立できない無力、政治権力を支配的な宗教的権威から十分に分離できないことpowerless in establishing lasting democracies which really and definitely recognize the complete right of conscientious freedom towards the religious dogmas; the inability to sufficiently separate political power from the controlling religious authorityであると書かれています。しかし事実はむしろ、ムスリム社会の慢性病は、人権や平等などのデモクラシーのドグマに対する良心の自由を認めるカリフ制を確立できない無力、宗教的権威を支配的な政治権力から十分に分離できないこと(powerless in establishing caliphate which recognizes the complete right of conscientious freedom towards the secular dogmas like democracy, human rights, and equality; the inability to sufficiently separate religious authority from the controlling political power)にあります。
 アーノルド・トインビーが「世界の残りと同じく西洋世界の人民の90%の宗教の90%はナショナリズム(nationalism is 90% of the religion of 90% of the people of the Western World and the rest of the World as well)」、つまり「国家崇拝(state worship)」と喝破した通り、ムスリム世界を支配している真の宗教は、イスラームではなく。西欧と同じく民主主義、人権、民族主義,、国家主義などの世俗主義のイデオロギーです。それは領域国民国家の警察力と軍事力によって、反対者を犯罪者として抹殺するだけでなく、小児期から学校教育の洗脳によって強制されています。ムスリム世界の全ての国で全ての人間を支配しているのは世俗の民主主義によって選ばれた支配者と、議会が定めた法律であり、宗教はその世俗の支配者、議会が「宗教」と認めたもの以外は、たとえクルアーンに明記されていようとも、預言者ムハンマドの言葉であろうとも、非合法化され、それに反対する「自由」はありません。そしてそれらの国家は領域国民国家システムの支配者たちによって正当性を与えられ、つまり欧米諸国の武力によって守られることによって存続しているのです。そして、西欧の真の宗教が、民族主義(nationalism)、国家崇拝(state worship)であり、人権も民主主義も平等も全てそれを粉飾するための隠れ蓑に過ぎないことを明らかにしたのがイスラーム国でした。

5.イスラーム国が明らかにしたもの
 イスラーム国の特徴を一言で言うなら、自由なヒューマニズムの法の支配、つまり法による全ての人間の自由な信仰に基づく支配です。つまり、イスラーム国の理念に共鳴する者であれば誰であれ受け入れ、共に法(sharī‛ah)に則って支配する、というのがイスラーム国の特徴です。私自身が実際にこの目で見たことですが、イスラーム国の入国審査では、パスポートの提示も求められず、国籍、民族、宗教、思想の違いを問われることなく、誰でも受け入れられます。もちろん、ムジャーヒディーンになって支配する主体になるためには、イスラーム国でもサラフィー・ジハード主義であることが求められたと思いますが、イスラーム国は、万人に開かれています。イスラーム国がインターネットを駆使しして全てのムスリムにヒジュラ(移住)を呼びかけていたことはよく知られています。
 欧米がイスラーム国を恐れ、シリアとイラクに干渉して攻め込んだのは、欧米の偽善を暴露するイスラーム国のこの道義的力を恐れたからです。それは欧米によるイスラーム国への攻撃によって故郷を追われたシリア「難民」がヨーロッパに押し寄せたことではっきりします。
 ヨーロッパは、百万あまりのシリアからの「難民」が流入すると、続々と押し寄せる「難民」にパニックに陥り、彼らに国境を閉ざし受け入れを拒否します。今日人権と言われるものの殆どは社会権と呼ばれるもので、普遍的と自称しようとも、ある時代に西欧という一地方の国々の為政者たちが自分たちの趣味と都合で適当に決めた法律に過ぎず、普遍的どころか、アメリカとヨーロッパで大きく違うだけでなく、EU内部でも大きく異なります。特に宗教と政治の関係はそうです。
社会権は、西欧諸国によってこしらえられたローカル・ルールであり、そこに正義などありません。「緯度の三度の違いが、すべての法律をくつがえし、子午線一つが真理を決定する。数年の領有のうちに、基本的な法律が変わる。。川一つで仕切られる滑稽な正義よ。ピレネー山脈のこちら側での真理が、あちら側では誤謬である。(Trois degrés d’ élévation du pôle renversent toute la jurisprudence. Un méridien décide de la vérité. En peu d’années de possession les lois fondamentales changent.. Plaisante justice qu’une rivière borne ! Vérité au-deçà des Pyrénées, erreur au-delà.)」とのパスカルの言葉は今も真理です。しかし他方、 人権の中でも、自由権、特に社会契約以前による国家の成立以前から存在した、と措定される自然権には、ある程度の時代と地域を超えた「普遍性」があります。その中でも最も基本的な権利は私見では移動の自由(freedom of movement)です。人間は陸であれ、海であれ、空であれ、好きな時に好きな処に移動することが出来ます。移動の自由を妨げることは誰にも許されません。人種であれ、民族であれ、宗教であれ、言語であれ、国籍であれ、人間を差別し、人為的な国境によって中の人間を閉じ込め、外の人間を締め出すことは、人権侵害です。国境により人間の移動の自由を妨げる領域国民国家の正当性を認める者は一人の例外もなく全員が、自由も平等も人権もヒューマニティーも口にする資格がないばかりでなく、「人道に対する罪(crime against humanity)」を犯しているのです。
戦火を逃れ故郷を捨て安住の地を求めて彷徨う者の移動の自由を奪う者に、自由も平等も人権もヒューマニティーも語る資格は有りません。特にその「難民」たちが故郷を捨てざるをえなくなった原因が自分たちの空爆による責任者であるなら猶更です。百万人の難民が流入したことでEUはシリア難民の拒否を宣告し、スロバキアのロベルト・フィツォ首相は、「自国にはイスラム教徒を1人たりとも入れない」と明言し、ハンガリーのオルバン首相も、移民の流入を拒絶するために国境にフェンスを設け、ムスリム移民は受け入れられない、と述べました。
EUとトルコの対応を比較すると、問題はより明確になります。人権の擁護者をもって任じ他国にもそれを押し付けるEU、西欧諸国と違い、あからさまなトルコ民族主義を国是とする「国民国家」であるトルコですが、350万人のシリア難民を受け入れています。言うまでもなく、シリア人は他国民であるだけでなく民族的にもトルコ人ではなく異民族のアラブ人です。しかし、いきなり350万人もの難民が流入したことでさまざまな社会経済的問題が起き難民に対する不満が高まっているにもかかわらず、コスモポリタンなAKPは言うまでもなく、トルコ民族主義のCHP(人民共和党)だけでなく、極右トルコ超民族主義の民族主義行動党(MHP)の支持者の間ですら、EUのネオナチのような極右排外主義集団による難民の追放運動は生じていません。
面積約80万㎡、人口約8千万人、GDP2兆ドルのトルコが350万人の異民族の難民を受け入れることが出来るのに、面積400万㎡以上、人口約5億人、GDP22兆ドルのEU100万人の難民しか受け入れられないというのはどういうことでしょうか。このことは、西欧人にとって、人権、平等、自由、ヒューマニティーなどはせいぜい自己欺瞞の建前でしかなく、真の行動原理は、排外民族主義と拝金主義であることを示しています。リヴァイアサン崇拝とマモン崇拝の多神教徒であることで、EUもサウディアラビアも五十歩百歩でしかありません。もちろん、中で暮らす者にとって、五十歩と百歩の差は重要ですが、私のような哲学者にとっては理論的な差はありません。
移住して来ようとする者たちを締め出した上でEUの内部の人間にしか保証されない権利はEU市民の「特権」でしかなく、人間の普遍的権利「人権」ではありません。人権というものがもしも存在するなら、それは特定の人間だけでなく、例外なく全ての人間が有するもののはずです。国籍で人を差別し、難民に自国領に入国する移動の自由さえ与えもせず、他国の人間には自分たちの価値観を押し付けようとする西欧人は、自由、平等、人権、ヒューマニティー、民主主義の擁護者などではなく、自民族優越思想に染まった帝国主義者に過ぎません。
イスラーム国の戦いは、ヒューマニティーを否定する西欧の領域国民国家の支配から人類を解放し、自由なヒューマニズムの法の支配を確立するためのものであり、私たちはイスラーム国を崩壊させたことで、人類の解放の夢を自らつぶしたことになるのです。イスラーム国には別のさまざまな問題があることを私は否定しませんし、イスラーム国がユートピアでないことは言うまでもありませんが、それはヒューマニズムとはまた別の話です。ビダール先生は「経済危機の解決だけによってではなく、本質的に我々人類全体に関わる前例のない精神的/霊的危機の解決によってしか人類の未来はない。我々はこの根本的な挑戦に応えるために、全地球規模で、一つに纏まることができるだろうか?(the future of humanity will occur not only by the resolution of the financial crisis, but essentially by the resolution of the spiritual crisis without precedent which involves our humanity in its entirety. Saurons-nous tous nous rassembler, à l'échelle de la planète, pour affronter ce défi fondamental ?)」と言われています。しかし、そのためには、まず地上の全ての人間が、領域国民国家という牢獄、国境という檻から解放され、望むままに望むところに、EUであれ、アメリカであれ、日本であれ、イスラーム国であれ、移住することができるようにすることであり、「知識人」の役目は、なによりもまず、それを訴えることだと私は信じています。ですから。我々がなすべきことは、イスラーム国をつぶすことでなく、イスラーム国の成立を奇貨として、イスラーム国のオルタナティブとなる「ヒューマニズムの法の支配」を提示すること、即ち、欧米は国籍による差別を廃して地上の全ての人間に平等な社会権とヘゲモニー国家群の為政者の選挙権を与えること、ムスリム世界はアブー・バクル・バグダーディーに不満なら、より相応しいと自分たちが考えるカリフを擁立することであったはずです。

6.スーフィズムと宗教間対話
 ビダール先生は、人類全体に関わる精神的/霊的危機の解決の希望を、スーフィズム、特に哲学的スーフィズムによる宗教間対話interreligious dialogue, ecumenism)に託しているように思いますが、残念ながら私は賛同できません。私自身、一神教学際研究センターの幹事の資格で研究者として、日本ムスリム協会の理事の資格で宗教者として、数多くの宗教対話に参加してきました。また時祷(wird)も実践しない怠慢な徒弟(murid, apprentice)ですのであまり名乗りませんが、最初に述べたようにナクシュバンディーヤ、シャーズィリーヤの教団とバイア(誓約)を交わしたスーフィーであり、Ibn Qudāmah(620年没)Ibn al-Jawzī(597年没) から法衣(khirqah)を受け継いだカーディリー教団の導師であったイブン・タイミーヤを信奉するイスラーム学者として、初学者向けの入門書Muammad Amīn Kurdī(1914年没)著『シャーフィイー師の学派に則り宗教学を学ぶ初学者の悦び(Sa‛ādah al-mubtadi'īn fī ‛ilm al-dīn ‛alā madhhab al-Imām al-Shāfi‛ī)、またオスマン朝期スーフィズムの最高峰と信ずる‛Abd al-Ghanī al-Nābulusī(1731年没)の『イスラームの真義(Ḥaqā'iq al-islām)』を翻訳するなど、スーフィズムの意義を認めています。しかし現代のスーフィーにも宗教間対話にもポジティブな意味があるとは思いません。
現代においてムスリム世界のスーフィーたちは、人民を抑圧搾取する腐敗堕落した支配者たちの言動を100%唯々諾々と誉めそやし、彼らにイスラーム的正当性の外観を与えるためだけに存在を許されている茶坊主に成り下がっており、西欧的な基準に照らしても、イスラーム的にも、人類に対してもムスリム世界に対してもポジティブな貢献は見当たりません。彼らの役目は、支配者たちのあからさまなイスラームからの逸脱を糾弾する者に、「原理主義者」、「過激派」、「形式主義者」、「テロリスト」などのレッテルを貼ることだけです。スーフィーたちはこの世の支配者たちの政策を100%追認しますが、スーフィーの提言によって政策や立法が変わった、という話は一つも聞きません。もしイスラームの教養もない腐敗堕落した支配者たちの思い付きの政策が、すべてスーフィーたちによって賛同できるものであるなら、スーフィーだけの知る深遠な知恵など最初からどこにもないことになります。またスーフィーの精神性/霊性が、合理的に理解可能な行動や言葉によって示される、つまり祈りが聞き届けられることによる、というなら、アラブのスーフィズムの中心であるシリアでなぜ25万人が殺され、500万人が難民になっているのでしょうか。
欧米で活動するスーフィーも事情は同じで、欧米で自分たちが築いてきた既得権を失い、迫害、追放されないように、保身に汲々とするばかりで、ポジティブな貢献は何もありません。彼らは欧米に敵対的なアルカーイダやイスラーム国などのためにイスラームフォビアが高まり、自分たちが巻き添えにならないために、彼らはイスラームとは無関係であり、自分たちこそが真のムスリムであると論証し、欧米社会に適応した宗教であるとのお墨付きを得るために西欧の宗教者たちとの宗教間対話に精を出しますが、欧米内部の不公正であれ、欧米と第世界の間の不公正であれ、あるいは地域紛争であれ、行動によってであれ、言論によってであれ、祈りの力によってであれ、なんら解決せず、また男女平等、思想の自由、宗教的寛容、デモクラシーなど西欧の流行の後追いの猿真似以外に、欧米に対してイスラーム、あるいはスーフィズムに独自なポジティブなオルタナティブを提供したという話も聞きません。
 プロテスタント神学者小原克博が以下のように述べているように、政教分離と宗教対話が思想の自由や宗教的寛容をもたらさず国家崇拝、排外的ナショナリズムの道具になることは、大日本帝国の歴史が証明しています。「日本近代史においても、万国宗教大会(1893年)や宗教家懇談会(1896年)のように、現代の宗教間対話に近いものがあった。しかし、宗教同士の宥和が進むことは、必ずしも日本社会全体が寛容な社会となることを意味しなかった。 ―中略― 宗教の共存そのものが国家秩序に組み込まれ、政教分離の形式のもとに、排他的なナショナリズムの一部として機能した(In the modern age of Japan there were already interreligious dialogues such as the World's Parliament of Religions (1893) and the Council of the Religious Leaders (1896), which seem to be comparable with the contemporary ones. However, cooperation between religions did not always result in the tolerant Japanese society as a whole.The coexistence of religions have been embedded into the national order and played a role of exclusive nationalism in the separation of state and religion”)。エラノス会議(Eranos)にも参加し、日本的霊性の唱道者として国際的に有名な鈴木大拙も、日本の軍国主義だけでなくナチスにも賛同していました。政教分離の名の下に民族主義、国家主義を容認する宗教者に高い霊性など期待できません。

7.モンゴルの寛容とイスラーム世界の世俗化
 西洋では政教分離、より正確には「国家と教会の分離」、は近代的価値のように思われていますが、実は、東アジアでは見慣れた光景です。もっとも正確には近代西欧が言う政教分離とは国家により宗教管理であり、むしろWeber宗教社会学の「皇帝教皇主義(Caesaropapism)」に近いものですが。そしてそれはイスラーム世界でも既に経験済みのものです。モンゴルの支配です。モンゴルの侵入により、西遼(Qara-Khitai, 1218年滅亡)、ホラズムシャー朝(Khwarazmian dynasty, 1231年滅亡)、ルーム・セルジューク朝(Seljūqs of Rūm, 1243年服属)、アイユーブ朝(Ayyubids, 1250年滅亡)、アッバース朝カリフ国(Abbasids, 1258年)が滅亡し、イスラーム世界は壊滅的な打撃を蒙ります。モンゴル帝国は血統を重んずる「民族主義」国家でしたが、特定の宗教を公定宗教とせず全ての宗教を保護する「モンゴルの寛容」と呼ばれる政教分離政策を特徴としました。東アジアの元(Yuan)朝は滅亡まで政教分離政策を続けましたが、残りの3帝国イル・ハーン国(Ilkhanids )、キプチャク・ハーン国(Golden Horde)、チャガタイ・ハーン国(Chagatayids)はイスラーム化します。支配者のガーザーン・ハーン(1304年没)のイスラーム改宗後日が浅くモンゴル的「世俗主義」の特徴をまだ色濃く残していたイル・ハーン国に和平使節として訪れたイブン・タイミーヤが当時の状況について貴重な証言を残しています。
 彼らは名目的にムスリムにはなっており、イスラームを尊重してはいますが、義務は一部しか果たしておらず、偶像崇拝にも「寛容」です。しかし何より重要なことは、彼らがそのために戦う究極の忠誠の基準がモンゴル帝国の敵か味方かであり、従うべきは支配者の命令であることです。味方であれば異教徒とでも戦わず、敵であればムスリムとでも戦い、神の命令に則っているか反しているかに関係なくて支配者の命令に従うのです。
イブン・タイミーヤは言います。「たとえアッラーとその使徒の敵である不信仰者であろうとも、モンゴル帝国のために戦う者ならば、むしろ賞賛したりそのまま好きにさせておくが、逆にモンゴル帝国から離反したり、反抗する者に対しては、たとえそれが模範的なムスリムであろうとも、戦うことを認める(بل من قاتل على دولة المغول عظموه وتركوه وإن كان كافرا عدو الله ورسوله وكل من خرج عن دولة المغول أو عليها استحلوا قتاله  وإن كان من خيار المسلمين)」この記述はイスラーム国と戦うムスリム世界の「世俗国家」に住む領域国民国家リヴァイアサン崇拝者たちにそのまま当てはまります。
 またイブン・タイミーヤは言います。「彼らにとってのムスリムというものは、ムスリムたちにとっての、自分たちの中の公正な者、行い正しい者、義務(のみならずそれ)以上の良いことを進んで行う者といった存在であり、彼らにとっての不信仰者とは、ムスリムにとっての、自分たちの中の不正な者、最低限の義務しか行わない者といった者に等しいということである。(المسلم عندهم بمنزلة العدل أو الرجل الصالح أو المتطوع في المسلمين والكافر عندهم بمنزلة الفاسق في المسلمين أو بمنزلة تارك التطوع)」[2]
 世俗主義のイル・ハーン国のムスリムたちにとっては、ムスリムとは善良な人、不信仰者とは邪悪な人、ほどの意味しか持ちません。このイブン・タイミーヤの言葉もまた、政教分離の名によってイスラームを西欧キリスト教的な「宗教」に切り詰め、法的側面、政治的側面をイスラームから切り離した現代の世俗主義者のムスリムたちが口にしたとしても、少しも違和感がありません。

結語
 既に述べたように、政教分離や世俗主義は、西欧では最新の流行ではあっても、東アジアでは馴染みのものです。そしてイスラーム世界もまた政教分離・世俗主義のモンゴル帝国による支配によって遥か昔に通り過ぎた道です。もちろん、過去の世俗主義と現代の世俗主義、過去の民族主義と現代の民族主義とは違います。現代の民族主義、世俗主義は、「代表(representation)」と「法人(legal body)」という誤魔化しの(delusive)フィクションによって個々の人間が抵抗できないまでに肥大化し人間の精神と肉体を完全に支配し奴隷化する「可死の神(Mortal God)」リヴァイアサンを主神とする偶像崇拝です。この偶像神は「大量破壊兵器」で武装した軍隊と警察の暴力を背景に、学校とマスメディアという洗脳機関を通じて、ナショナリズム、エタティズムの教義を、信仰の対象、即ち「宗教」ではなく、普遍的真理であるかのように教え込みます。このリヴァイアサンの許では「宗教」は、リヴァイアサンに隷属する限り、慣習や趣味のように、生き方の本質に社会に影響を与えず、人生の本質に無関係な些末事として「自由」を与えられるのです。
 タウヒード(tawḥīḍ, unification)の教えとしてのイスラームの現代における使命は、精神、身体、社会、経済、政治の全てにおいて超越者のみを志向することにより、被造物によるあらゆるしがらみから解放された自由を全ての人類にもたらすことだと私は信じています。
「木を見て森を見ず」という諺があります。ムスリム世界の最果て、アブラハムの宗徒が1%もいない極東に生きるムスリムには、アブラハムの宗徒の世界、ムスリム世界の住人には距離が近すぎて見えないイスラームの全景、本質がかえって見通せる、ということもあるのではないでしょうか。
私見では、我々が生きる現代世界のリヴァイアサン崇拝の本質を理解するためには、ヘレニズム・キリスト教の「受肉(incarnation)」の概念にまで遡った哲学・神学的分析が必要となります。しかしそれは割り当てられた発表時間と私の能力を超えています。いつか改めて議論する機会があるなら、発表者にとって望外の幸せです。

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参考文献
中田考『イスラーム国訪問記』( 20193月、現代政治経済研究社)
[本書は一般書店では取り扱っておらず、Amazon.co.jpで販売、発送]
筆者は「イスラーム国」とその前身である「ヌスラ(助勢)戦線」、「イラクとシリアのイスラーム国」を、20133月、9月、12月、20143月、9月と計5回にわたって訪問した。本書は「ASAHI中東マガジン」に連載されたその記録「イスラーム国訪問記」を大幅に書き直し、未発表の資料と写真を組み込み、新たにイスラーム国の思想と歴史に関する解説、ラッカ在住のキリスト教徒に対して行ったインタビューの翻訳、イスラーム法上の異教徒の取り扱い規定、及びそのインタビューに同行した戦場カメラマンの横田徹氏の手記を新たに加えて編集したものである。



[1] قال رسول الله صلى الله عليه وسلم: يوشك الأمم أن تداعى عليكم كما تداعى الأكلة إلى قصعتها. فقال قائل: ومن قلة نحن يومئذ. قال: بل أنتم يومئذ كثير ولكنكم غثاء كغثاء السيل ولينزعن الله من صدور عدوكم المهابة منكم وليقذفن الله في قلوبكم الوهن. قال قائل: يا رسول الله وما الوهن قال: حب الدنيا وكراهية الموت.  (أخرجه أبو داود)
[2] 問題の民(タタール)は、その軍隊は、不信仰のキリスト教徒や多神教徒も含んでいるが、大多数は求められれば(イスラームの)信仰告白の言葉を唱え、使徒を讃えてみせるようなムスリムを名乗る者からなるのであるが、礼拝をする者はごく少数にしか過ぎない。ラマダーンの斎戒(断食と禁欲)は(日常の)礼拝よりは守られている。また彼らはムスリムを他の者たちより優遇しており、さらに彼らの許では真面目なムスリムは敬意が払われている。彼らはイスラームを部分的に実践しており、イスラームの遵守の度合において様々なのではあるが、彼らの大半の依って立つ立場、彼らが戦う立場は、イスラームの諸規定の多くを、あるいは、そのほとんどを無視していることを示している。なぜならば、彼らは最初にイスラームへの入信を義務づけたとしても、その諸規定の遵守を怠る者と戦おうとはしないからである。いや、むしろ彼らは、たとえアッラーとその使徒の敵である不信仰者であろうとも、モンゴル帝国のために戦う者ならば、むしろ賞賛したりそのまま好きにさせておくが、逆にモンゴル帝国から離反したり、反抗する者に対しては、たとえそれが模範的なムスリムであろうとも、戦うことを認めるのである。また彼らは不信仰者に対してジハードを行わず、啓典の民にジズヤ(人頭税)を課し卑しめることもなく、彼らの兵隊たちの誰であれ、太陽や月など好きなものを崇拝するのを禁じようともしない。つまり、彼らの行ないから明らかなことは、彼らにとってのムスリムというものは、ムスリムたちにとっての、自分らの中の公正な者、行い正しい者、義務(のみならずそれ)以上の良いことを進んで行う者といった存在であり、彼らにとっての不信仰者(カーフィル)とは、ムスリムにとっての、自分たちの中の不正な者、最低限の義務しか行わない者といった者に等しいということである。
 また、彼らの多くは、彼らの支配者(スルタン)が禁じるのでない限り、ムスリムの生命、財産を不可侵としない、つまり、それに手を付けずにはおかない。彼らは支配者(スルタン)がそうしたことを禁じた場合にはそれに従うが、それは命じた者が王だからであって、イスラームの教えのみによるのではないのである。また、彼らの大半は、礼拝、喜捨、巡礼などの義務を遵守せず、自分たちの間の裁きをアッラーの定めに基づいて行わず、彼らの慣習法に基づいて裁くのであるが、それはイスラームに一致していることもあれば、背反していることもある(فهؤلاء القوم المسؤول عنهم(ا دَولَة الإلخانية) عسكرهم مشتمل على قوم كفار من النصارى والمشركين وعلى منتسبين إلى ألإسلام وهم جمهور العسكر ينطقون بالشهادتين إذا طلبت منهم يعظمون الرسول وليس فيهم من يصلي إلا قليل جدا وصوم رمضان أكثر فيهم من الصلاة وأعظم من غيره والصالحين من المسلمين عندهم قدر وعندهم من الإسلام بعضه وهم متفاوتون فيه لكن الذي عليه عامتهم والذي يقاتلون عليه متضمن لترك من شرائع الإسلام أو أكثرها. فإنهم أولا يؤجبون الإسلام ولا يقاتلون من تركه. بل من قاتل على دولة المغول عظموه وتركوه وإن كان كافرا عدو الله ورسوله وكل من خرج عن دولة المغول أو عليها استحلوا قتاله  وإن كان من خيار المسلمين. فلا يجاهدون الكفار ولا يلزمون أهل الكتاب بالجزية والصغار ولا ينهون أحدا من عسكرهم أن يعبد ما شاء  من شمس أو قمر أو غيرذلك. بل الظاهر من سيرتهم أن المسلم عندهم بمنزلة العدل أو الرجل الصالح أو المتطوع في المسلمين والكافر عندهم بمنزلة الفاسق في المسلمين أو بمنزلة تارك التطوع. كذلك أيضا عامتهم لا يحرمون دماء المسلمين واموالهم إلا أن ينهاهم عنها سلطانهم أي لا يلزمون تركها وإذا نهاهم عنها أو غيرها أطاعوه لكونه سلطانا لا بمجرد الدين)。

2018年11月17日土曜日

2018/11/17 於:京都エデン 「どうなるサウディアラビア? ―トルコとサウディの250年戦争―」

2018/11/17 於:京都エデン
「どうなるサウディアラビア? ―トルコとサウディの250年戦争―」
中田考(同志社大学客員教授)

1. サウディ崩壊のシナリオ:カショギー(ジャーナリスト暗殺)事件で顕在化
2018年10月2日:サウディ在イスタンブール総領事館で殺害
トランプがサルマン国王に「お前の王座は米国の軍事支援がなければ2週間もたない」
サルマン皇太子「サウディはアメリカができる30年前1744年からここにある」
2. サウディ(第2代アブドゥルアズィーズ在位1765-1803年)-トルコ250年戦争
1818年:オスマン朝のエジプト総督ムハンマド・アリーにより第一次王国滅亡
2018年3月:エジプトのメディアに対してムハンマド皇太子
「オスマン・トルコ(Ottoman)とイランとテロリスト(ムスリム同胞団、IS)は悪の三極枢軸、トルコのエルドアンはカリフ制を押し付けようとしている。」
3. サウディの特殊性
 オスマン帝国存在時にその権威に挑戦、1902年にリヤド首長国として独立。
 領域国民国家システムによって承認される前からイスラーム国家として存在。
4.カリフ制としてのサウディアラビア
ワッハーブ派のジハードは、オスマン帝国の支配の正当性を支える当時のスンナ派イスラームに対する全面的否定による「宗教/政治的殲滅戦」。
5.1744年サウディ・ワッハーブ派政教盟約
 1744年、ダルイーヤ(リヤド市の一部)でイマーム(教主)イブン・サウード(その末裔がサウディ王家)とシャイフ(首長)イブン・アブドゥルワッハーブ(その末裔がシャイフ家)が「政教盟約」が締結され、ワッハーブ派教団国家成立。
 ジハードによるワッハーブ派の教義広宣により、サウード家はナジュドの覇者となり、孫の大サウード(在位1803-14年)の時代には東はアフサー、カティーフからカタルまで、西はヒジャーズ地方全域、北はアラビア半島を越えてシリア、イラクの一部まで、南はアスィール、ナジュラーンからイエメンとオマーンの一部を支配下におき、アラビア湾から紅海に至るサウド家最大の版図を実現。
サウディアラビアは教義的にジハードによる宣教を正当化するのみならず、財政的にも存続のために構造的に不断のジハードによる戦利品収入を要請する軍事拡張主義国家。
5.ワッハーブ派の基本教義と政治理念、国家原理
ワッハーブ派はスンナ派超正統主義アフル・ハディース-サラフィー主義の一派
スンナ派のハディース、クルアーンのみの権威を認め、外来思想、後代の権威否定
特殊ワッハーブ派的思想は政治思想:政教盟約に凝縮されている。
政治理念:①タウヒードの宣教②善の命令と悪の禁止③イスラーム法の厳格な施行
国家原理:①ジハードによる宣教②サウード家の王政の承認③無課税財
6. 第三次王国の成立
第二次王国の最後の教主(イマーム)アブドゥッラフマ―ンの息子アブドゥルアズィーズ(1902-1953年)がリヤドを奪回しナジュドを平定し1902年リヤド首長国を建国。
1913年アハサーを落とし東部州に覇権確立
1925年ヒジャーズ全域制圧(オスマン帝国1922年滅亡)
1926年にはナジュド・ヒジャーズ王国の建国を宣言
1932年サウディアラビア王国と改称
1934年にはイエメンと戦いアスィール地方を併合、軍事的拡大ほぼ終結。
7. ワッハーブ派教団国家の変質
ジハードを続けるワッハーブ派屯田兵イフワーンを1929年のシビラの戦いで殲滅
ジハードによるタウヒードの宣教は、政教盟約に基づくワッハーブ派教団国家樹立のレゾンでトール。ジハード放棄はワッハーブ派教団国家の決定的な変質の印。
以後サウディアラビアは、リアルポリティクスにおいて、西欧の領域国民国家システムに完全に組み込まれながら、ワッハーブ派の3つの政治理念と3つの国家原理を掲げる建前を維持し続ける難しい舵取りを強いられることになる。
8. 冷戦とOICの結成
冷戦構造下で、1950年代から60年代にかけてアラブ社会主義の既成秩序への挑戦に対抗し湾岸の王制諸国や保守的なモロッコやヨルダンなどのアラブ王制諸国を糾合し、イスラーム外交の名の下にアラブ社会主義を共産主義=無神論と断じるイデオロギー闘争を展開したのがサウディアラビアの故ファイサル国王(当時の皇太子)。1962年マッカに本部をおく世界のイスラーム団体の調整・支援機関世界イスラーム連盟結成。
エジプト・シリア統合の失敗、シリア・イラク両バアス党の分裂、エジプトのイエメン内戦介入の失敗、第三次中東戦争の敗北などによって、アラブ社会主義は最終的に自壊。ファイサルのイスラーム外交は、1969年のOIC(イスラーム諸国会議機構、後のイスラーム協力機構)の創設決定に結実
9. ムスリム同胞団の庇護
全体主義抑圧体制アラブ社会主義諸国(エジプト、シリア、イラク等)の「宗教弾圧」を逃れたムスリム同胞団員にサウディアラビアはかっこうの亡命先を提供した。
ワッハーブ派は極めて偏狭であったが、この時期には無神論のアラブ社会主義という共通の敵を前にしてスンナ派イスラーム主義改革派の諸グループを支援し共闘。
10. 反人定法論の成立
1960年代にアラブ社会主義とのイデオロギー闘争の中で、シャイフ家のサウディアラビア初代ムフティー(教義諮問官)ムハンマド・ブン・イブラーヒーム・アール・アッシャイフ(1969年没)『人定法に裁定を求めること(Taḥkīm al-Qawānīn)』執筆。
11. イラン・イスラーム革命、GCCの結
12. ホメイニーの「イスラーム法学者の後見」理論に基づいて建国されたイラン・イスラーム共和国は、イラン・イスラーム革命をイラン一国を越えるイスラーム革命と位置づけ、「革命輸出」戦略をとった。ワッハーブ派はシーア派を不倶戴天の仇とみなし、イラクに侵攻しシーア派の聖地カルバラーやナジャフで住民を虐殺し、東部州のシーア派住民に対しても異教徒として扱い迫害。
ホメイニーはイスラーム共和国を樹立するや、「世界イスラーム解放運動機構」、サウディアラビアにも「アラビア半島イスラーム革命組織」を組織。
13. イラン・イスラーム共和国の成立以降、スンナ派のワッハーブ派宣教国家サウディアラビアとイラン・イスラーム共和国が主導権を争う国際イスラーム運動の基本構図定着。
王制批判の国内への波及防止のため、イラン封じ込め政策。
国内的には、シーア派を憎むワッハーブ派を重用。
国際的には①1981年に湾岸王制諸国(クウェート、アラブ首長国連邦、バハレーン、カタル、オマーン)を糾合し集団安全保障体制構築を目指してGCC(湾岸協力会議)を結成。②世界イスラーム連盟などの配下の国際イスラーム団体を通じて世界のスンナ派イスラーム諸運動を支援しイランに対抗してイスラーム世界の盟主の地位の確保をはかる。
14. マッカ聖モスク占拠事件
イラン革命はシーア派を超えて全てのムスリムに王制の打倒を呼びかけた。イラン革命に呼応するかのように1979年11月20日(ヒジャラ暦1400年元日)、イフワーンの流れを汲む約300名の武装集団がモスクを訪れる予定であったハーリド国王を廃位し、マフディー(救世主)の支配の到来を告げ人々にマフディーへの忠誠を要求してモスクを占拠。「政教盟約」を根底から否定する流れの存在が露呈。
15. 湾岸戦争から9.11へ
冷戦構造の下ではイラクのバアス党(アラブ復興社会党)サッダーム・フセイン政権は社会主義とアラブ民族主義による王制諸国打倒、アラブ統一を目指す革命国家の急先鋒、つまりサウディアラビアの主要仮想敵であったが、革命の混乱に乗じてイランに攻め込んだイラクをサウディアラビアは「敵の敵は味方」と支援。
ところがイラン・イラク戦争(1980-1989年)が終結するとイラクは1990年年8月クウェートに攻め入り併合。自国の油田地帯にもイラクが手を伸ばすことを恐れたサウディアラビアは米軍を援軍として招き入れた。
異教徒の米軍を「聖地」アラビア半島の国土に引き込んだサウド王家の「イスラームの盟主」としての威信失墜、情報統制の緩和によって、湾岸戦争以降、イスラーム主義者の政府批判の動きが、「覚書グループ」(サルマーン・アルアウダ、サファル・アルハワーリーら著名なウラマー)と呼ばれるイスラーム主義者集団によるファハド国王への上奏文の形を取った一連の政府批判文書の流布によって一挙に顕在化。この「覚書グループ」が含まれていた。またサウディアラビアの富豪でアルカーイダの指導者ウサーマ・ビン・ラーディンは米軍を招き入れたサウド王家を厳しく批判、2001年9月11日にアメリカで同時多発攻撃。実行犯19人のうち15人がサウディアラビア人であったことは、それまでサウディアラビアの情報操作によって隠蔽されてきたワッハーブ派の反米感情の強まりを世界に知らしめた。
16. シーア派の伸長
イラン革命後、イランの指導の下で全世界のシーア派の政治的覚醒。
*レバノン:イラン革命の影響でイスラーム共和制の樹立を目指して1982年に結成されたヒズブッラ―は独自の軍事部門を有し1983年には米仏軍を、2000年にはイスラエル軍をレバノンから撤収させ、レバノン内の「国家内国家」とも言われる存在となった。
*イラク: 2003年アメリカがフセイン政権を打倒しイラクを占領すると、政権を担える勢力はダウワ党とその分派でよりイランに近い「イラク・イスラーム革命最高評議会」などのシーア派イスラーム主義勢力しかなく、イラクにはイル・ハーン国がシーア派に改宗して以来(1304-1353年)のシーア派政権が誕生。
18.アラブの春
スンナ派諸国の腐敗した専制、独裁政権が長期にわたって続き民衆には閉塞感が「アラブの春」を可能に。「アラブの春」で民衆蜂起によって長期独裁政権の崩壊は、スンナ派ムスリム諸国の専制君主、独裁者たちに大きな衝撃を与え、生き残った政権は以前にも増して弾圧を強めることに。
19.「アラブの春」後に政治の舞台に躍り出たのは、厳しい弾圧の中で草の根型の社会運動としてかろうじて生き延びていたアラブ最大の社会運動ムスリム同胞団。個人の覚醒、社会の覚醒を経て、議会主義に立脚し選挙を通じてイスラーム国家を樹立し、各地のイスラーム国家の合邦統一によりカリフ制を再興し、最後に世界をイスラーム化する、というのがムスリム同胞団の綱領。アラブの春の飛び火を最も恐れたのが、国内に多くのムスリム同胞団の出稼ぎ労働者を抱えながら、選挙も人権も自由も平等も存在しない専制王制諸国、特にサウディアラビアとUAE。
20.イエメン内戦
イエメンではイラン革命の影響を受け反米、反イスラエルのスローガンを掲げるシーア派の分派ザイド派のイスラーム主義運動フーシー派(アンサール・アッラー)が2014年に首都サナアを攻略し2015年には完全に政府機能を掌握。サウディアラビアはフーシー派がサナアを制圧すると即座にスンナ派諸国連合軍を組織し、イエメンに軍事介入、アムネスティーから人権侵害を批判される空爆を続けながら3年が経過してもサウディアラビアはサナアを攻略できないばかりか、報復に首都リヤドがフーシー派によるミサイル攻撃に。
21.カタル団交、宮廷クーデター、ワッハーブ派ウラマーの弾圧
サウディアラビアは、2017年6月5日、アラブ首長国連邦、エジプト、バハレーンと謀ってカタルとの断交、経済封鎖に踏み切った。第一次サウディアラビア王国はオスマン帝国によって滅ぼされたが、実際にサウディアラビアを討伐したのは当時半独立状態にあったオスマン帝国エジプト総督ムハンマド・アリー。また冷戦期には、サウディアラビアのファイサルはエジプトのナセルとイエメンで代理戦争を戦っている。また教義的にもエジプトはワッハーブ派が異端視するスンナ派伝統主義イスラーム学の牙城であるアズハル機構を擁しており、厳しく対立。
カタルとの断交は、設立当初より「西欧の基準」の「自由な報道」でサウディアラビアの専制政治、人権蹂躙、腐敗を糾弾するアルジャジーラを庇護するカタルに苛立ちを隠していなかったが、テロの支援を口実に、テロ支援国家イランや、「テロ組織」同胞団との絶縁、アルジャジーラの閉鎖などの要求を掲げて。ついで6月21日サウディアラビアではムハンマド・ブン・ナーイフ皇太子が解任され、代わってサルマーン国王の息子の副皇太子ムハンマド・ブン・サルマーンが皇太子に昇格する「宮廷クーデター」。
これに対しトルコのエルドアン大統領は直ちにカタルへの支持を表明したのみならず、カタル防衛のために軍を派遣。カタルはサウディアラビアの要求を拒絶し、GCCのクウェートやオマーンすら断交に追随せずサウディアラビアによるカタル孤立化の目論見は失敗。これによってサウディアラビアとカタル断交の陰にトルコとカタルの対立があることが顕在化。
カタル断交の背景は2018年3月のエジプトのメディアに対するムハンマド皇太子の「オスマン・トルコ(Ottoman)とイランとテロリスト(ムスリム同胞団、IS)は悪の三極枢軸である」と呼び「トルコのエルドアンはカリフ制を押し付けようとしている。」とトルコのエルドアンがカリフ制の再興を目指している、との非難。
アラブ各地でテロリストの汚名を着せられたムスリム同胞団のメンバーが、カタルとトルコに亡命した。ムルスィーの失脚、逮捕投獄によりアラブのカリフ擁立の夢破れた同胞団が、エルドアンに夢を託した。ナセル時代の同胞団弾圧を逃れエジプトからドーハに亡命した同胞団の精神的指導者カラダーウィーが2017年の5月にエルドアンをオスマン帝国のカリフの別称「スルタン」の称号で呼び、17億のムスリムはエルドアンに忠誠を誓うべきである、と述べ、その映像がインターネットを通じて世界に配信。
サウディアラビアがイラン、トルコ、カタル、テロリスト(同胞団、IS)との敵対に踏み切ったのは、アメリカにイスラエルから距離を取りイランに融和的だったオバマに代わって親イスラエルでイランに敵対的なトランプ大統領の登場のため。
サウディアラビアはイスラエルと結びトランプに全面的に協力しアメリカの支持を得ることで、「イスラーム法学者による後見」論を国是とするシーア派のイラン、カリフ制再興を目指すスンナ派伝統派のエルドアンと同胞団、カリフ制再興を称するジハードによるタウヒードの宣教のワッハーブ派の原理念に忠実なISのムスリム世界統一への動きを阻止し、サウド王家の既得権益を守る生存戦略を選択。トランプの支持を取り付けるために、ムハンマド皇太子は2018年4月アメリカの『アトランティック』のインタビューに答え、ユダヤ人国家としてのイスラエルを承認した。3イスラエルの承認は、サウディアラビア外交の根本的な変化を示すものであるが、とりわけアメリカの大使館のイスラエル移転(2018年5月14日)に対してパレスチナにみならずムスリム世界各地で抗議の声が沸き起こっている時期に、トランプのイスラエル政策を支持し、イスラエルの国家承認を口にすることは、イスラームの盟主を称してきたサウディアラビアの威信を大きく傷つけた。
サルマン・アウダ、サファル・ハワーリーら逮捕、死刑求刑。
21.このような背景の下、カショギー(サウジ国籍『ワシントンポスト』などに寄稿)*2018年10月2日サウディ在イスタンブール総領事館で殺害
サウディの発表:4日全面否定、総領事館を歩いて出た、12日内相殺害否定、21日外相殺害はならず者によって行われた大失敗、25日検察殺害計画的
*23日 サウディ投資会議の日にぶつけてエルドアン演説(サルマン国王のみ免責)
MBS:エルドアンとサルマンの間を引き裂こうとの陰謀は成功しない
*11月1日 『ワシントンポスト』MBS、カショギー殺害後クシュナーとボルトンに電話で危険なイスラーム主義者と誹謗(カショギーは反ワッハーブ派、成文法制定要求)
*イエメン内戦:10月30日ポンペオ、マチスが停呼びかけ
22.サウディの命運
短期的にはカタル・ボイコットとイエメン内戦介入をやめられるかが焦点
*25日MBS:カタルの経済は良好、今後5年で大きな貢献が期待できる
カタル・ボイコットは、真の目標はトルコとムスリム同胞団
*「イエメン内戦は最悪の人道危機」スティーブン・クック米議会外交問題上級研究員『ニューズウィーク』(10月30日)トルコは直接の利害関係なし。(むしろイランに有利なのでトルコも米国もそれほど乗り気でないが人道的に無視できない)
マティス(米)のイエメン停戦の呼びかけはイランの勝利とみなされる。Monitor 11/1
*エルドアンは11月2日付『ニューズウィーク』に寄稿:カショギー殺害はサルマン国王ではない最高レベルからの指示
*11月15日:サウディアラビア検察11人起訴5名死刑求刑と発表
*11月17日CIA! MBAが弟ハーリド駐米大使に命じてカショギーをイスタンブール総領事館に誘き寄せて殺させる。

纏め
*サルマン朝は始まる前に終わる?MBS専制王制から独裁者(≠啓蒙君主)を目指した
(サウディ王制支持基盤のワッハーブ派と敵対:飴と鞭で黙らせているが)
*サウディアラビアの未来に3つのレベル
①領域国民国家システムvs帝国の復興(西欧、英米、ロシア、インド、中国、イスラーム)
②スンナ派vsシーア派
③スンナ派内:サラフィー、改革派(同胞団)、伝統派、世俗派(反イスラーム)
④サラフィー内:サラフィー非政治派、ワッハーブ派、サラフィー・ジハード主義者

2018年9月20日木曜日

イスラーム法学におけるカリフ論の発展覚書


نهاية المطلب في دراية المذهب, لإمام الحرمين عبد الملك بن عبد الله بن يوسف الجويني, دار المنهاج, جدة, 1428ه-2007. ج.17.
ولا مطمع في ذكر أوصاف الأئمة وما تنعقد (ص.125) الإمامة به فإن القول في هذا يتعلق بفن مقصود, والقدر الذي يجب الاكتفاء به ذكر الإمام العادل والخروج عن طاعته الواجبة.(ص.126)

العزيز شرح الوجيز المعروف بالشرح الكبير
أبو القاسم عبد الكريم بن  محمد بن عبد الكريم الرافعي القزويني الشافعي
(  م1160- 1226 هـ = 555- 623)

, لبنان1997  - 1417 , دار الكتب العلمية. ج.10, ص.71, فصل: في شروط الإمام-  :
 وهي أن يكون مكلفا,  .... مسلما ... عدلا ... حرا  ذكرا عالما مجتهدا ... شجاعا ...ودا الرأي وكفاية وفي (الأحكام السلطانية) لأقضى القضاة الماوردي: اشترط سلامة الأعضاء ... وأن يكون من قريش....
ص.72.:  فصل: لا بد للأمة من إمام يحيي الدين ويقسم السنة وينسف المظلومين ويستوفي الحقوق ويضعها مواضعها يصلح الناس فوضى, وتنعقد الإمامة بطرق: أحدها: البيعة ....(ص.73) والثاني استخلاف الإمام من قبل ... (ص.75)
 والثالث: القهر والاستيلاء, فإذا مات الإمام وتصدى للإمامة من يستجم شرائطها من غير استخلاف وبيعة وقهر الناس بشوكته وجنوده انعقدت الخلافة لانقياد الناس وانتظام الشمل بما فعل ولو لم يكن مستجمعا للشرائط بل بل كان فاسقا أو جاهلا....  ولأن المقصود من نصب الإمام أن تتحد الكلمة وتندفع الفتن ولو لم تجب الطاعة واالتأبي غالب على الطباع استبد كل برأيه وثارت الفتن ولا يجوز نصب إمامين في (ص.76) وقت واحد, لما فيه من اختلاف الرأي وتفرق الشمل.

2018年8月5日日曜日

東西の自然理解 - 環境・生命・倫理 ー イスラームの立場から

於:2018年8月5日 京都パレスサイドホテル 東西宗教交流学会

「東西の自然理解 - 環境・生命・倫理」 「イスラームの立場から

                        中田考(同志社大学客員教授)

1.現代のイスラーム世界でのディスコース
* 大量に「研究」あり。例えば、Dr.Derya Iner(Charles Sturt Univ.)「イスラームにおける環境倫理と生命倫理(Emvimental Ethics and Bioethics in Islam)」 https://www.isra.org.au/site/user-assets/docs/workshop-2a--beliefs-providing-moral-and-ethical-framework--islam.pdf
* 問題を考える手掛かりにならないことはないが、全く信用できない
* 現代西欧の同名の学問論文のフォーマット(環境倫理、生命倫理)にクルアーンやハディースなどの適当な文言を代入しただけ
* 重要なのは、ここのテキストの断片ではなく、伝統イスラーム学には「環境倫理」、「生命倫理」などとおう問題設定、学問分野が存在しなかったこと

2.現代イスラーム世界のディスコースの問題点
* 「西欧の世界支配の19世紀」のムスリム世界の植民地化
* 現在世界に存在する「宗教」は、リヴァイアサン(主権国家:権力)とマモン(富:金)の配偶神に隷属する偶像崇拝(「拝金教」by和田秀樹)のみ
* 自称ムスリムたちも実際に崇拝しているのは、神ではなく国家。好例がハラール認証。

3.イスラームの合法秩序
* カリフ制 vs  領域国民国家システム
* 金本位制 vs 不換紙幣 
 法人国家と紙幣 = どちらも実体のない、名前、記号 = 偶像

4.イスラームの二元論的世界観
* 純粋一神教 = 二元論(神=創造主 vs 世界=被造物)
* 「イスラームは現世(ドンヤー)と来世(アーヒラ) or現世と宗教(ディーン)」
* 広義のイスラーム = 現世と来世 = 世界のあり方の全て
* 狭義のイスラーム ≒ 宗教=来世 (現世と来世の二元論→イスラーム的「政教」分離)

5.イスラームのアニムズム的世界観
* 森羅万象がそれぞれの原語で神を称える
「7つの天と大地、またその間にある凡てのものは、かれを讃える。何ものも、かれを讃えて唱念しないものはない。だがあなたがたは、それらが如何に唱念しているかを理解しない。…」(クルアーン17章44節)
* 身体部位も全て意識を持つ
「その日(最後の審判)、アッラーの敵は集められ、火獄への列に連らなる。かれらが(審判の席)に来ると、その耳や目や皮膚は、かれらの行ってきたことを、かれらの意に背いて証言する。するとかれらは、(自分の)皮膚に向かって言う。「あなたがたは何故わたしたちに背いて、証言をするのですか。」それらは(答えて)「凡てのものに語らせられるようにされたアッラーが、わたしたちに語らせられます。かれは最初にあなたがたを創り、そしてかれの御許に帰らせられます。」と言う。(41章19‐21節)

6.死体を傷つけることの禁止
「死体の骨を折ることは生者の骨を折るに等しい」(イブン・マージャ、アブー・ダーウードのハディース[預言者ムハンマドの言葉]集成)イブン・アブドルバッル(マーリキー派法学者1071年没)注釈「死者も生者と同じように苦しむ」

7.世界の無時間性
* 世界は全て神の永遠の知の中に恒存
* 来世も神の視点からは現存