2017年3月18日土曜日

アフメト・ダウトオール『戦略的縦深性』前書


前書

 ポスト冷戦期の戦略のテーマを定め、再評価するように努めることは大変難しい。というのは、それ自体が極めてダイナミックな問題を、それもまた極度にダイナミックな環境の文脈の中で主題化して理解する試みだからである。おそらくその歴史上最も重要な変化を経験しつつあるトルコが、やはり歴史上最も大きな変化の舞台となっている国際環境の中で、新たな変容を遂げつつあるのだ。形成途上のこのダイナミックな過程は、本書の序文で定義する概念化、解明、意味づけ、解説、オリエンテーションはどれも、どの頁でもすべてその全体において、極度に濃密な思考活動の断片にとどまっている。
 これらの方法論的困難にもかかわらず、論理的に首尾一貫しており、時空(歴史と地理)の理解の中で意味を有し、状況に照らして正当な戦略の分析をすることが、価値判断とは別に行うべき固有性を有することは、この問題構成自体に由来する。安定した構造であれば静態的な枠組の中で主題を定めて、平板な頭脳活動によって理解することが出来る。そのような(静態的)分析も、状況がもっと安定している時代であったならば明晰な事実を再構成できたであろう。しかしダイナミックな変化を経験している危機の移行期には、歴史的な影響力を考慮にいれた上で継続性のある戦略を練り上げることが重要となる。国の未来のオルタナティブを視野に入れた戦略分析の枠組が今こそ必要であり、本書もそれを目指したささやかな貢献となればと思う。
 社会の大きな変化は、時代に即したこの方法論の問題に真剣に取り組み、超克に努める戦略的アプローチ、分析、理論化が社会の歴史の舞台へ躍り出ること、そして歴史の舞台上のエスタブリッシュメントたちが既存の体制の推進力を変化させうる可能性の乗数効果での加速をもたらすことが出来る。近代のドイツの国力を成立させたドイツの戦略的オリエンテーションの基礎が、ドイツ統一の形成期の苦難の中で築かれたこと、安定的、累積的なイギリスの戦略思考がイギリス内戦後の進歩とその思想の向上の帝国拡張期の経験の中で、ロシアの戦略的オリエンテーションがすべてのパラメーターと19世紀のダイナミックな勢力均衡の中で形成されたこと、「アメリカの世紀」を現出させた戦略の累積が第一次、第二次世界大戦後の混乱期に集中したことは決して偶然ではない。
 ダイナミックな変化の過程にあある社会の中にあって、それに属する個体として当該社会に関する戦略を分析することは、急いで流れる波頭の高い川に流されながら、川床、流速、水流の方向、他の川との関係をなどの問題を研究することに似ている。自分が調査している川の中で自分自身も流されつつも、その流れの性質を理解し、その特質に鑑みて、その川に関して、表象、説明、解説、オリエンテーションの枠組を構成することを引き受けるのである。川の外からの傍観の中で(同時代の歴史の)流れに翻弄される人々の心情と人生を疎外することは、道義的に無関心な月並みで表面的な観察に成り下がる。一方、(歴史の)川に飛び込んで流れに身をまかせてしまっては、自分が飲み込まれた流れについて、事態を客観的に理解することはできず、自分の期待が混じっては、歴史の現実の意義を把握することはできない。社会科学の方法論において、このジレンマは、研究者「自身が試験管内で暮らす」と表現されている。
 このジレンマにおいては、川が(流される人々の)心情と人生を疎外することが道義的に責任があり、川に流されてしまえば、知的責任を負う余地は狭まる。道義的責任と知的責任の全体を理論的に調和させる研究者が、思考にあたってアカデミシャン自身の中で個人的な首尾一貫性を保つことも、社会文化的関係が普遍的真理の領域に影響を及ぶすことも非常に大きな力となる。思想家、知識人も、一般の人々と同じように、空間と時間、つまり歴史と地理の意味世界に、いやむしろ他の人々より以上に自己同一化できるので、自分が流された川だけでなく他の川の流れにも自己同一化してアプローチできるのである。
 一個人として普遍を感知でき、実存の意識とその深みと文明の主体としての特定の時代の流れを感じられる社会帰属の主体、そして歴史意識とその深み、つまりその意識が反映していると考えられる場を感得できる社会帰属の主体も、戦略的意識と縦深性を必要としている。個人のレベルでのミクロ・レベルから、社会、文明、歴史のレベルのマクロ・レベルへの向上、浸透は完成の探求であり、そしてすべての文化圏域は、この探求それ自体を真理の定義として表現している。
 本書では、この二つのレベルの意識の最も可視的である戦略的縦深性と、道義的学問的責任のバランスを取りつつ研究するように努力した。一連なりとみなしうるこの完成への冒険の歴史の縦深性と、実在の認識に関する諸々の部分を、同時代の同じ川を我々と共に流れゆく同志である我々の読者たちに捧げたい。
 本書の問題点は著者一人に帰されるが、主張すべきものがもしあるとすれば、主体という観点に立てば、同じ川を下る冒険を共にする者たちの匿名の文化の環境の産物である。同じ理由で、なによりもこの文化環境(伝統)の歴史的連続性を担保してきた先師たちとその一統、そしてこの環境(伝統)の全ての側面を共有してきた友人たちに、筆者は恩義がある。
 本書が時間把握の視角からは過去の歴史から未来への、空間把握の視角からは中心から周辺への架け橋となりますように。

2017年3月12日日曜日

アフメト・ダウトオール著『戦略的縦深性(Stratejik Derinlik)』目次

トルコ元首相アフメト・ダウトオールの109版のベストセラー『戦略的縦深性』の目次を取りあえず訳してみました。

『戦略的縦深性』

目次
序文

第一部 概念的、歴史的理枠組

第1章:
Ⅰ.力のパラメーターと戦略
1. 定数:地理、歴史、人口、文化
2. 変数:経済、技術、軍事力、
3. 戦略思考、文化的アイデンティティ
4. 戦略と政治的野望
Ⅱ.人的要素と戦略的制度における乗数効果
Ⅲ.典型的応用領域:防衛産業
1. 力のパラメーターと防衛産業
2. トルコの力のパラメーターと防衛構造
第2章
戦略理論の不備とその帰結
Ⅰ.トルコの力の要素の再評価
Ⅱ.戦略理論の不備
1. 文化的、構造的背景
2. 歴史的背景
3. 心理的背景:引き裂かれた自我と歴史意識
第3章
歴史遺産とトルコの国際的地位
Ⅰ.歴史におけるトルコの国際的地位
Ⅱ.ポスト冷戦期と国際的地位の外生変数
Ⅲ.政治文化と国際的地位の内生変数
1. 歴史遺産と政治文化の下部構造
2. 歴史的連続性と政治トレンド
3. ポスト冷戦期と政治トレンド

第二部 理論枠組:漸進戦略と領域政治
第1章
地政学理論:ポスト冷戦期とトルコ
Ⅰ.空間把握、地理認識、地図
Ⅱ.地政学理論とグローバル戦略
Ⅲ.ポスト冷戦期と地政学的空白地帯
Ⅳ.トルコの地政学的構造の再評価
第2章
近隣陸上圏域 バルカン半島-中東-コーカサス
Ⅰ.歴史・地政学的諸問題とバルカン半島
Ⅱ.アジアへの扉とコーカサス
Ⅲ.不可欠のヒンターランド:中東
Ⅳ.近隣陸上圏域の境界の柔軟性と近隣諸国との関係
第3章 隣海上圏域 黒海-東地中海-ペルシャ湾-カスピ海
Ⅰ.歴史的背景
Ⅱ.冷戦期とトルコの海洋政策
Ⅲ.ポスト冷戦期の新海洋政策の諸要素
 1.黒海と周辺の水路
 2.ユーラシアの戦略的結節点:海峡
 3.東地中海圏域:エーゲ海とキプロス
 4.バスラ湾(ペルシャ湾)とインド洋
 5.カスピ海
第4章 近隣大陸圏域 欧州、北アフリカ、南アジア、中央アジア、東アジア
Ⅰ.ポスト冷戦期の規範的大陸政策とその定義
Ⅱ.グローバル大国と地域大国の大陸政策
Ⅲ.トルコの近隣大陸圏域の主要素
 1.ヨーロッパ概念の変遷とトルコ
 2.アジアの縦深性
 3.アフリカへの展開
 4.諸大陸の交流地域:大西洋、ステップ地帯、北アフリカ、西アジア

第三部 応用領域:戦略目標と地域政策
第1章 トルコの戦略的関係と外交目標
Ⅰ.NATOの新戦略ミッションの枠組みにおける大西洋枢軸とトルコ
 1.アメリカの戦略とNATO
 2.ポスト冷戦期とNATOの新しいミッションの模索
 3.コソボ作戦とNATOのグローバルなミッションの定義
 4.NATOの新しい戦略ミッションとトルコ
Ⅱ.全ヨーロパ安全保障協力機構AGİT
Ⅲ.İKÖ:アフロ・ユーラシアの地政学的人文地理学的交流図
 1.20世紀のイスラーム世界:概念的、政治的変化
 2.ポスト冷戦期と21世紀のイスラーム世界
 3.トルコとイスラーム世界
 4.İKÖ の未来と再組織化
Ⅳ.ECO:アジアの縦深性
Ⅴ.KEİ:ステップと黒海
Ⅵ.G-8 とアジアアフリカ関係
Ⅶ.国際政治経済とG-20
第2章 戦略的変化とバルカン(諸国)
Ⅰ.ポスト冷戦期後の組織的矛盾とバルカン諸国
Ⅱ.ポスト冷戦期と域内勢力(勢力)均衡
Ⅲ.ボスニア危機とダイトン協定
Ⅳ.NATOの介入とコソボの未来
Ⅴ.トルコのバルカン政策の基礎
1. 歴史遺産とバルカン諸国
2. 域内諸国関係
3. 域内(勢力)均衡
4. 地域を取り巻く政治
5. バルカン政策におけるグローバルな戦略目標
第3章 中東:政治経済的、戦略的(勢力)均衡の鍵
 Ⅰ.中東の国際的な地位に影響する要素
1. 地理的、地政学的要因
2. 歴史的、人文地理的要素
3. 経済地理的要素
 Ⅱ.グローバル大国と中東
  1.アメリカの戦略の基本的パラメータと中東
  2.ヨーロッパ諸勢力と中東
  3.アジア諸勢力と中東
 Ⅲ.域内(勢力)均衡と中東
1. 地域の地政学と戦略的三角メカニズム
2. アラブ世界の(勢力)均衡:アラブ民族主義の危機と政治的正当性問題
3. イスラエルの新戦略と中東
4. 地域(勢力)均衡と中東和平プロセス
 Ⅳ.中東政策の基本的ダイナミズムとトルコ
1. 国際経済の視点からのトルコの北中東政策
2. 中東の地政学的変化とトルコの北中東(東大西洋‐メソポタミア)政策:トルコ、シリア、イラク
3. トルコ―アラブ関係から見たトルコの中東政策
4. トルコ―イスラエル関係のグローバルな次元と地域的次元
5. 歴史的縦深性の視点からみたクルド問題
6. グローバル及び地域的(勢力)均衡の視点から見たクルド問題
第4章 ユーラシアの(勢力)均衡における中央アジア政策
 Ⅰ.中央アジアの国際的地位に影響を与える要素
1. 地理的、地政学的要素
2. 歴史的、人文地理的要素
3. 人口学的要素
 Ⅱ.ポストソ連期と中央アジアの変化
 Ⅲ.ポスト冷戦期の国際諸勢力の(勢力)均衡と中央アジア
1. グローバル大国と中央アジア
2. アジア内(勢力)均衡、地域大国と中央アジア
3. 域内(勢力)均衡
Ⅳ.トルコ外交と中央アジア政策
第5章 ヨーロッパ共同体:多次元的、多面的関係の分析
 Ⅰ.外交的/政治的関係の平面
 Ⅱ.経済的/社会的分析の平面
 Ⅲ.法的分析の平面
 Ⅳ.戦略的分析の平面
1. グローバル次元
2. 大陸的次元
3. 地域的次元
4. 二国間戦略の分析の例:歴史的縦深性とポスト冷戦期のトルコ‐アルメニア関係
 Ⅴ.文明/文化思想の平面
1. 新しい伝統的反応としてのEUの歴史的背景
2. 周辺化/中心化の振り子における歴史的背景とEU-トルコ関係
 Ⅵ.歴史の反映の把持におけるトルコ-EU関係
結語